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2006年 01月 10日
あけましておめでとうございます! いよいよ今年も10日を過ぎてしまいましたね。去年の「To Do リスト」を半分以上消化できないまま、年を越してしまった手帳を目の前にして、早くも焦っている私です。今年の手帳もまだ買っていません・・・。もう良いのは売切れてしまったかも・・・。こうして今年も、微妙にズレを生じながら過ぎてゆくのでしょうか・・・。 そんな感じですが、今年もどうぞよろしくお願いいたします。
ハンサム論・・・って、新年早々ズレまくっていますが。いや、あの、お正月に、大好きな滝沢馬琴の『里見八犬伝』がドラマ化されていまして、主演が滝沢秀明(=タッキー)だったんです。ハッキリ言って退屈なドラマで(というか、あの物語をドラマにするのはほぼ不可能だし)、途中で見るのをやめたくらいなんですけど、その画面を見ている間中、ずっと私は考えていました。やっぱり私にとって、ジャニーズ系は、「ちがう」・・・と。 ジャニーズ系って、本当にみんながみんな好きなんでしょうか? 私はたのきんトリオ(!)の昔から、光ゲンジを経て、スマップ、今人気らしい(伝聞)、嵐、NewS、KAT-TUNに至るまで、ジャニーズ系にキュンとなった経験が全くないので、本当にわからなくて。でも確かに、みんなそこそこ顔は整っていて、今風にオシャレ、明朗快活なフンイキに、若々しいセンス・・・と、全てのスペックが平均値以上。バランスの良い男の子たちだというのは、私も認めます。・・・と、そこでハッと気づきました。この、「全てのスペックが平均値以上で、バランスがとれている」、このことこそが、私は気に入らないのだ!ということに。 どこかしら、過剰だったり、不足していたり、規格外れだったり、捻じ曲がっていたり、滑稽だったり、黒かったり。そういうイビツな部分があって、それでもなおかつ魅力的な美形。そういうタイプにキュンとなる女子って多いと思うんですけど、ジャニーズ系って、そういう突出した部分をならして平均化しちゃって、できるだけ多くの人々の共感が得られるようにして、店頭に並べている感じがします。今風で高スペックだけど可もなく不可もない家電みたいな感じ?(笑) 言われている「個性」っていうのも、そのグループの中で差異化してるだけで、ピンで見たら、言うほどの強烈な個性はないような気がして・・・(ファンの方、すみません。。) でも、そのグループ内の相関図を理解しちゃったら、俄然面白くなってハマっちゃうのかもしれませんよね。歌舞伎や宝塚なんかと同じで、その世界内での関係や、価値評価や、文脈があるわけで、それを愛でる楽しさっていうのは、歌舞伎好きの私にもわかるような気がします。私も、ジャニーズに全く詳しくないから「サッパリわからないわ~」なんて言ってるけど、あるていど詳しくなっちゃったら、突然、「私、仁担当だから!!」とか言ったりするのかも(笑)(使い方は正しいでしょうか?>担当)。 じゃあ、そのアンタの言う「どこかしらイビツで、それでもなお魅力的で美形」って、誰よ? ということで、その筆頭にあがるのが、アラン・ドロン(Alain Delon)(森茉莉ふうに言うと、アラン・ドゥロン)。って、すっごいベタっていうか、いや、もう既にベタを通り越して、ひたすら古いだけじゃ・・・? 確かにそうですよね、すみません。でも、こういういわゆる、爪先から頭のてっぺんまで「二枚目」としか書いてないようなハンサム男って、なかなか現代にはいないように思うのです(ちなみに、トムクルは却下)。 1966年、31歳のドロン氏。 撮影は、ジャン・マリー・ペリエ(Jean-Marie Périer)。 (フランソワーズ・アルディの恋人だったフォトグラファー)。 アラン・ドロンの愛すべきイビツなところは、徹頭徹尾ハンサム男、というところ。何を言おうが、何をしようが、何を頑張ろうが、ハンサム男としか帰着しないところ。 (画像は、映画『山猫』。左は、C・カルディナーレ) (左は、当時の恋人ロミー・シュナイダー) ちなみに、この人の眉毛の形が、スゴイ。 何をしてもハンサムなドロン氏。彼は実業家としても有名です。会社を設立し、「アラン・ドロン」というネーム入りのベルトとか靴とかネクタイとかコートとか、(ダサ系)ライセンス商品を販売しており、日本は格好のマーケットにされちゃっているようす(→サイトはこちら)(チェイサーさんからの情報ですが、日本よりも東南アジアの方に力を入れているようです)。さらに、「サムライ」という香水を乱発しているのでも有名ですが、最近では「サムライ・ウーマン」シリーズなるものも発表し、香水のみならずボディケア商品まで絶賛発売中(→サイトはこちら)。そういえば昔、新聞に「アラン・ドロンと過ごすパリ・ツアー」みたいな広告がよく載っていて、子ども心に「金を出せばアラン・ドロンと旅行できるのか??」といぶかしく思っていたのを思い出します。 (画像は、映画『サムライ』) 実生活では、マフィアとの関係がとりざたされたり、殺人事件の容疑者になっちゃったり、と、黒い一面もあったりします。殺人事件の経緯については、tomoさんのサイト(→こちら)に詳しいのですが、まとめると以下のようになります。 1966年、アラン・ドロンの元ボディ・ガード、ミロシュヴィッチが、ミッキー・ルーニーの五番目の妻(愛人だったらしい)と共に殺害される、という事件がハリウッドで起きました。その犯人との疑いをかけられたのが、これまたアラン・ドロンの元ボディ・ガード、マルコヴィッチ。ところがその2年後、そのマルコヴィッチ(31歳)が射殺され、ヴェルサイユ近くの街のゴミ箱から死体で発見されます。その後、新事実が明らかになりました。生前、マルコヴィッチは、パリ16区で高級売春宿を経営しており、そこでは夜な夜な政界の要人や有名人がつどっては、乱交パーティをしていたらしいんですね。で、マルコヴィッチはそれをネタにして、強請りをしたりしていたんだそうで、顧客リストの中には、時期大統領ポンピドー夫妻の名前もあり、ついには政界をも巻き込んだ大スキャンダルに発展。さらに、マルコヴィッチは、アラン・ドロンの妻ナタリー・ドロンの愛人だったという事実も明るみに・・・。そんなわけで、アラン・ドロンは警察から重要参考人として召還されましたが、結局、証拠がないまま捜査は打ち切りになったんだそうです。 ただ、このマルコヴィッチ殺人事件がきっかけとなって、アラン・ドロンと暗黒街の黒い関係が明らかになってしまいました。でも、暗黒街ものを得意としたドロンにとっては、それほどの打撃にはならなかったのでは・・・? 現に、翌年には、「もっとも憧れるフランス名士10人」に選ばれていたそうですしね。(ちなみに、ご存知の方も多いと多いと思いますが、アラン・ドロンの暗黒街ものは傑作が多いです。『地下室のメロディ』とか『シシリアン』とか『さらば友よ』とか『サムライ』とか『仁義』などは、本当にオススメです!) (一人二役ちゅう) (画像は、映画『太陽がいっぱい』) そんなわけで、単なるハンサム男というだけではなく、黒かったり(殺人事件とマフィア)、滑稽だったり(ライセンス商品)、イビツな部分もちゃんとおさえているアラン・ドロン。 実際、ハンサム男は、世の共感なぞホントのとこはどうでもいいのです。なぜなら、オレだから。オレがよければ全てよし。いつだってオレ中心。だって、オレが一番ハンサムなんだもん・・・。 ちなみに、去年(2005年)のアラン・ドロン。 ↓ ↓ (ヒゲがポイントかも・・・?カッコイイ爺さんはヒゲが長いことが多い。例:内田ユウヤ) えーと、この続き、もっと書きたいのですが、時間がありません。次回に続きを書きたいと思いますが、その前に。最近の私の胸キュンなハンサム男について、やっぱり書いておかねば・・・(笑)。 というわけで、要潤です。ファンのあいだでは、「キャナメ」と、多少の笑いとともに呼ばれているようす。私はにわか要潤ファンなので、よく知らないのですが。って、別に出演番組をかかさず見てるっていうわけでは全くないので、ファンというわけでもないんですけど・・・。 ちなみに、キャナメ氏は昔、熟女代表・十朱幸代と交際していたらしいです(噂ですけど)。十朱幸代は1942年生まれ。キャナメ氏は1981年生まれ。噂がホントだとしたら、年の差39歳・・・。親子っていうよりも、既に祖母と孫、って言ってもおかしくない関係だと思うんですけど。何しろ、キャナメ氏ってば、相当な年上キラーなんだそうです。 何ていうか、キャナメ氏って、ボーッとしてそうっていうか、ちょっとフヌケっぽいっていうか、脱力マイペースな感じが、オバサンの支配欲を刺激するのではないか?と、オバサン年代にさしかかった私はしみじみ思いました。TV『幸せって何だっけ』(←細木数子は見たくないのだが、要潤を見たいがためにたまーに見る)でも、キャナメ氏は細木数子によくイジられていますが、なんか、こう、可愛いがりつつもイジメたくなるタイプっていうか。今まで私は、こういうフヌケタイプなぞ全く興味なかったんですけど・・・年をとった証拠でしょうか?(でも、こういう顔は昔から好き。) そんなわけで、キャナメ氏からの新年のメッセージ。 カ・・・カッコ悪い・・・(笑)。 つーか、オマエに「年々益々厳しい時代になりつつありますが」 とか言われたくないっつーの。 (ちなみに、これは数年前の画像です) しかし。これぞ愛すべきイビツ系ハンサム男。滑稽でアホ、というイビツさをきちんとおさえていると思うのですよ・・・(ま、天然か演出かわかりませんけどね←イジワル目線)。でもその前に、「そもそもこういう顔ってキモイんだけど」と言う方も、たぶん一定の割合でいると思われるのですが、そういう賛否両論なところもイビツ系ハンサム男の面目躍如なのよね・・・! と妙に嬉しがっちゃったりするのも、こういうイビツ系を好む人間のイビツなところよね・・・と、最後に自戒をこめて付け加えておきたいと思います。 >> アラン・ドロンについて詳しいサイト 「Unknown Data for Alain Delon」 「LE REGARD D'ALAIN DELON」 >> アラン・ドロンの画像サイト 「Alain Delon」 「Alain Delon」 おまけ。 言いたくはないが・・・、 野々村真にそこはかとなく似ているアラン・ドロン。 #
by houtoumusume
| 2006-01-10 07:36
| ◆映画
2005年 12月 25日
メリィ・クリスマス!!! ・・・と、クリスチャンでもないのにちゃんと口にするのが、日本人としての正しい姿。とりあえず、昨日はクリスマス・イヴということで、プレゼント交換まではしないものの「チキンは食べたいよねー」というわけで、近所のモス・バーガーに行ってきました。ところが、かねてから予約していたモス・チキンを取りに来た人々や、新たにモス・チキンを注文したい人々、または注文したモス・チキンを待つ人々でごったがえす店内。既に「あわあわ」状態の店員たち。とりあえずコーヒーを飲もうと思ったのに、7人ほどいる店員(全員男)の誰ひとりとして注文をとろうとせず、ただただ全員がモス・チキンの注文書の周りでウロウロ&あわあわ。みなさん「段取り」とか「役割分担」っていう知恵が身についていないようで、可笑しくもイラッとさせられた一コマでした・・・。
そんなわけで、私たちは違う店でコーヒーを飲み、頃合を見計らってやっとモス・チキンを購入。ついでですが、モス・チキンって美味しいですねー! 味つけは醤油、ころもはお米の粉なんだそうです!! そんな美味いモス・チキンと、ドイツのクリスマス菓子シュトーレンを食べつつ、『オールド・ボーイ』という、くら~い韓国映画を見たのでした(笑)。(←面白かったですよ・・・!2004年カンヌ映画祭グランプリ。原作は日本のコミック。細部がマニアックかつユーモラスな復讐物語。) ところで、どうしてクリスマスにチキンを食べるのでしょうね? 昨日、モス・チキンにむらがる人々(自分も含む)を眺めつつ思ったので、ちょっと調べてみました。 コロンブスがアメリカ大陸を発見したのが、1492年。それからヨーロッパ人が続々とアメリカへやってきました。慣れない土地では、今まで食用にしてきた豚を飼育するのが難しく、そこで彼らは野生の七面鳥を食べるようになったのだそうです。 さらに1620年、ピューリタン(清教徒)たちがメイフラワー号で、アメリカに移住。アメリカでの初めての収穫祭のとき、彼らは七面鳥をローストして食べました。これがヨーロッパにも伝わり、イベント時やクリスマスなどに七面鳥を食べるようになったんだとか。 正式な食べ方は、七面鳥のお腹に、パン・ソーセージ・レバー・タマネギのみじん切りなどを詰めて、オーブンで焼く。そしてクランベリー・ソースをかけて、マッシュポテトを付け合せる。ウマそう~~。 そんなわけで、クリスマス・アート(?)をいくつか。 こういう暗いクリスマス、いいですね。暗い、といっても精神的に暗いっていう意味ではなく、賑やかにどんちゃん騒ぎするわけではない、静謐なクリスマス。 ついでに、この、今や100円ショップでも手に入ってしまうクリスマス・ツリーっていうものも、一体いつから始まったのでしょうね? 起源はハッキリはしていないようですが、ドイツの最初の伝道者・聖ボニファトゥス(660-750)が考案したのだそうです。北欧のヴァイキングの神オーディンへの生贄として樫の木に人間を吊るしていた、ということにヒントを受けて、モミの木にお菓子や飾りなんかを吊るすことを思いついたのでした。・・・って、「生贄の人間を吊るす」のが起源だとはね・・・。さぁ、いよいよオドロオドロしくなってきましたよ!(と、喜ぶ私) さらに、クリスマス・ツリーに明かりをともすことを考えたのは、宗教改革者マルティン・ルター(1483-1546)。でも昔はロウソクだっただろうから、火事が頻繁に起こったのではないか?と思うのですが、どうなんでしょうね。 さらに続く、クリスマスうんちくネタ・・(笑)。 クリスマス、12月25日は、イエス・キリストの誕生日とされていますが、そんなこと聖書には全く書いていないそうです。12月25日というのは、冬至、つまり一年で最も夜の長い日なんだそうで、ローマ人やゲルマン人はこの冬至の頃に、「収穫の神」のための祭りを行っていました。キリスト教は、そうした従来からある風習をちゃっかり取り入れて、うまーくキリスト教行事に融合させてしまった、というわけなのです。(→詳しくはこちら) さらに、イエスが生まれた年をもって西暦元年としていますが、実際に生まれたのは紀元前4~6年頃らしいです。西暦を考えたローマの修道院長エクシグウスが、計算ミスをしたんだそうで(笑)。まぁエクシグウス氏を責めるのも酷ですし、とにかく馬小屋でカワイイ赤ちゃんが生まれたわけですね。これを西洋絵画のモチーフでは、「イエスの降誕」といいます。ちなみに、幼稚園生の時にクラスで演じた「イエスの降誕劇」では、私はイジワルな宿屋のおかみさんでした・・・(マリア様か天使の役がやりたかったですよ・・・)。 Federico Barocci (or Baroccio) (1535-1612) プラド美術館蔵 イエスを生んだマリア様についても、また面白くて。私はクリスチャンではないのですが、ある意味、マリア様ファンでもあります。アイドルとして、イコンとして、カリスマとして、好きなのです。ブロマイド(お札や絵葉書)もコレクション中。何にしろ、美しくて、優しくて、あり得ないような驚愕エピソードを持つ、スーパーキャラクターなのですからー。 マリアに関する一番の驚愕事項といえば、何と言っても、「イエスを無性交妊娠した」ということにつきるでしょう。マリアには大工のヨセフという婚約者がいたのですが、大天使ガブリエルがやってきて「あなたは精霊により、神の子を身ごもった」と言われてしまいます(精霊については以前書きました~→こちら)。これを、西洋絵画のモチーフでは、「受胎告知」といいます。というわけで、「処女懐妊」というナゾな状態のままマリアはヨセフと結婚し、イエスを生むわけですが・・・(ヨセフよ、しっかりしろ!と言いたい)。ちなみにマリアは、イエスの後に何人も子どもを生んでいます。それらについては「通常懐妊」だったと思いたい私です(ヨセフのためにも笑)。 エル・グレコ(EL GRECO)(1541-1614) 大原美術館蔵 さらに驚愕なのが、マリアの母親アンナ(つまりイエスの祖母ですね)。彼女もまた、「マリアを無性交妊娠した」んだそうです(笑)。アンナにはヨアキムという夫がいたのですが、このヨアキム氏はなんと「種なし男だった」、ということにされてまして・・・(ヒドイすぎます)。で、やっぱりお告げがあって、アンナの胎内にマリアが宿ったんだそうです。これを、西洋絵画のモチーフとしては、「無原罪の御宿り(むげんざいのおんやどり)」といいます。原罪とは、つまりアダムとイヴの犯した罪のこと。マリア様は、「ソレ無し」でイエスを生んだだけではなく、そもそも「ソレ無し」でこの世に生まれてきたというわけで・・・ダブルで汚れなき女性なわけですね。 バルトロメ・エステバン・ムリリョ(Bartolome Esteban Murillo)(1617-82) プラド美術館蔵 (ちなみに、マリアがふんづけている下弦の三日月は、「純潔の象徴」。) さらにさらにビックリ(っていうか呆れる)のが、マリアの従姉妹エリザベツ。このエリザベツの息子が、後にイエスに洗礼を授けることになる預言者ヨハネ。・・・ということで、こっちにも「聖性」をもたせなきゃいけないよね~どーしよっか~って言うんで、やっぱりまたエリザベツの夫ザカリアも「種なし男だった」ってことにしちゃって、エリザベツもまた「ヨハネを無性交妊娠した」ってことになっちゃったのでした・・・(もういいよ・・・)。 というわけで、今日のお言葉。 「不可能であるがゆえに真実である」 (カルタゴ生まれの神学者テルトゥリアヌスの言葉) (『聖母マリア伝承』中丸明 文春新書 より) >> テーマ別・キリスト教名画についてのサイト 「無原罪の御宿り Immaculate Conception」 「受胎告知 Annunciation」 「キリストの降誕 Nativity of Crist」 >> 聖母マリアについて詳しい書籍 中丸明『聖母マリア伝承』 文春新書 今回の記事で参考にしました。とっても面白いです。 おまけ。 ジオット(Giotto)描く、「割礼(Circumcision)」。 生まれて8日後、割礼のために、エルサレムの神殿にあがるスーパーベイビー・イエス君。 #
by houtoumusume
| 2005-12-25 20:33
| ◆芸術
2005年 12月 15日
シャンデリアが子どもの時から大好きです。小学生の頃、私の住む町には登校班というシステムがあって、一定の地域の子ども達が集団で登校していました。その登校班長が小学6年生のお姉さんで、その子の家は町一番のお金持ちで、とにかくものすごい門構えの豪邸。そのお家に興味津々だった小学1年生の私は、通学しながら彼女に「お家にシャンデリアある?」「そのシャンデリアどのくらい大きい?」「どんな形なの?」としつっこく質問してましたね・・・。さぞかしウルセーと思われていたことでしょう。そのお家にどんなシャンデリアがかかっていたのか、実際に見る機会はありませんでしたが、そうこうするうちにバブルがはじけ、そのお家の経営していた会社も倒産し、今ではその豪邸には別の一家が住んでいるんだそうです。諸行無常なり。
というわけで、『オペラ座の怪人』です。去年、アンドリュー・ロイド=ウェバーの映画版が公開されていまして、私も見に行きました。でも私はミュージカル版も見たことなかったので、特にファンだったわけでも何でもないんですが、、ただただもう「巨大シャンデリアの落下シーン」をスクリーンで見たくて・・・。ただもう、そのためだけに行ったのでした。いや、もうシャンデリア落下シーンは素晴らしかったですよー! もうすぐクリスマスですし、シャンデリア落下シーンをこの時期に見るのも、オツかもしれない・・・というわけで、とりあげてみました(こじつけ)。 『オペラ座の怪人』で使用された、巨大シャンデリア。 シャンデリア・データ ●高さ5m、幅4m、重さ2,3トン ●全てスワロフスキー・クリスタル ●フルカットのクリスタルを2万個使用 ●金額にして約2億5000万円相当 ●組み立てに4ヶ月、スタジオでの組み付けに4日を要した ・・・で、撮影後、このシャンデリアはどうなったんでしょうね? 拡大 ↓ ちなみに、舞台となるパリ・オペラ座は、ロケではなくセット。実際は、こんなこんな巨大なシャンデリアがぶらさがっているわけではありませんので、、ご安心を。 この映画は、イギリス人のミュージカル作曲家アンドリュー・ロイド=ウェバーが、自身のミュージカルを映画化したもの。ロイド=ウェバー氏は、『ジーザス・クライスト=スーパースター』(1971)、『エビータ』(1978)、『キャッツ』(1981)、『オペラ座の怪人』(1986)を手がけた、ミュージカル界のカリスマ。私は上記の舞台を見たことがないのですが、でも『オペラ座の怪人』のあのネバっこい(?)テーマソングだけはなぜか知っていまして、いろんな意味で「濃い・・・な・・・」と思っていました。 ロイド=ウェバー氏の容貌も、濃いめ。 ↓ っていうか、誰かに似ているんだけど、思い出せません。) (追加情報) 「ドランクドラゴンの塚地に似ているのではないか?」 というご意見をまりえさんよりいただきました。 確かに、似ているかも・・・(笑)。 原作は、ガストン・ルルー(Gaston Leroux)が1919年に発表した『オペラ座の怪人』(Le Fantome de l'Opera)。大昔に創元推理文庫で読んだのですが、何だかもう、ただただつまらなかった・・・という感想しかもてませんでした(笑)。江戸川乱歩ファンだった子どもの時も、「怪人二十面相シリーズ」だけは全然楽しめなくて、、何ていいますか、「怪人なら何でもできちゃってOKなのか?!」と思ってしまうような安易な設定がダメみたいで・・・って、『オペラ座~』がそうだと断言していいのかどうか、よくわかりませんけど。 時は、1870年代。その頃、パリのオペラ座には、地下に住む「怪人」の仕業とされる謎めいた事件が多発していました。そんなある時、歌姫クリスティーヌは、オペラ座の地下に住むといわれている「怪人」に連れ去られてしまいます。その正体は、なんと、子どもの時から歌の手ほどきをしてくれていた「天使の声」の持ち主、その人なのでした・・・。 「怪人」ことファントム氏のお部屋(@オペラ座の地下) (少なくとも私よりは・・・) しかし、この「怪人」ことファントム氏、「天使の声」を持つほどの歌の名手にもかかわらず、何故このオペラ座の地下に住むようになったのか? それには深~~いわけがあったのです・・・。これ以上書くとネタバレになっちゃうのでふせておきますが、でも、まぁ、この仮面を見ればおわかりのとおり、何かの事故か何かで、顔がどうかなっちゃって、運命を呪いつつ、一人でひっそり地下に住んでいるんだろうなぁ・・・ということくらい、誰でもわかりますよね。。。 ラッセル・クロウをちょい二枚目にした感じ。 ↓ で、問題がですね、歌姫クリスティーヌ嬢でして。彼女がまたモテ子な上に優柔不断で、言いよってくる「怪人」にクラ~~っときたり、やっぱり恋人のラウル子爵にフラ~~っときたり、一向に態度が定まらぬわけですよー。まぁ、それはモテ子の常なわけですが。というか、ハッキリした態度を示さずみんなに気のあるそぶりを見せるがゆえに、その結果、モテ子なわけで・・・。いやホント、実際もそうですよねぇ。だいたい、最初からキッパリした態度・ハッキリした意思表示をしていれば、そんなにモテてモテてしょうがない、っていう状態は発生しにくいはず。誰だってみんな自分がカワイイから、最初から自分に100%興味ない相手に執着することなんて、殆どあり得ないわけで。逆に、モテたかったら、いろんな人にイイ顔してみんなに好意を示すようにすれば、ある程度はモテるんじゃないですかねーって、実践したことないのでわかりませんが。・・・ハッ。ついつい、モテ論をぶってしまいました(すみません)。 モテ子代表、クリスティーヌ嬢。少々ケロンパ似。 ↓ 思わずファントム氏にクラ~~~ でもやっぱりラウル子爵にフラ~~~ だけどまたもやファントム氏にクラ~~~ こうしたクリスティーヌ嬢の優柔不断さのために、問題がさらに大きくなり、ついにはファントム氏が怒っちゃって、シャンデリアを観客席に落とし、死者まで出る大惨事になってしまうわけですから・・・、モテ子の罪は相当重いんでないでしょうか・・・。 ファントム氏、ついにキレる!!! そして、シャンデリアの鎖もキレる!!! ハイ、ここで、♪ジャーンジャジャジャジャジャーン♪ というあのテーマ曲が大音量で流れれば、もう大満足!!!! この映画を見る醍醐味、ここにアリ! ところで、この「シャンデリア落ち」ですが、実際にオペラ座でそういう事件があったそうで、原作者のガストン・ルルーはそれをふまえて作品を書いたんだとか。1896年に、舞台上演中にシャンデリアが燃え出し、その破片が観客席に落下し、死者まで出たという事件があったそうです。ちなみに、エジソンが白熱灯を発明したのは、1879年。このシャンデリアの事故は、それから17年もたっていますが、オペラ座のシャンデリアにはまだ蝋燭が使われていたのでしょうか。 そんなわけですが、このシャンデリアに次ぐ見どころは、華麗なコステュームたち。特に、ミニー・ドライヴァー扮するプリマドンナ・カルロッタのふざけた衣装は、必見! 袖口のフリフリは、アンガジャントと呼ばれています。 といっても、ルイ16世の始め(1760年代終わり)頃から流行して、 1780年代頃には収まったようですが。 頭の上に、舟とか馬車とか風車が乗っかってたらしいです。 あと、髪の毛のなかに花瓶を入れて、花を活けてたりとか(笑)。 このローブ・ア・ラ・フランセーズの着方(?)。 さらに、プリマドンナ・カルロッタの、普段のドレスもまた素敵。 時は1870年ですから、ちょうとバッスル・ドレス全盛期。 この写真ではわかりませんが、きっとバッスルでしょうね! 毛皮のケープを脱ぐと・・・、 このドレスは、1870年代特有のファッション。 紫色、縞柄、小さく頭上に載せたボンネット、ダチョウの羽飾り。 それから、「プリーツをたたんだ飾り裾ひだ」、 これはこの時代特有の装飾なんだそうです。 ドレスの裾にも、このプリーツをたたんだ飾りひだがありますね。 そうそう、去年のちょうど今頃、初めてN.Yに旅行に行って来ました。ちょうどクリスマス・シーズンということで、各デパートやブランドショップのウィンドウ・ディスプレイが、とにかくもう華やかで綺麗で・・・。 そのなかの、老舗デパートブルーミングデイルズ(Bloomingdales)のショウ・ウィンドウに、映画『オペラ座の怪人』の衣装を着たマネキンたちが、ズラリと並んでいました。 そのとき撮った写真 ↓ で、しかも、そのブルーミングデイルズの入り口に、「手」をかたどった金色にぬられた燭台が、ヌッとつきだしていまして・・・。 これ↓ で、しかも映画『オペラ座の怪人』にも、もちろんこのテの「手」(洒落じゃないですが)が登場するわけで・・・。 これ↓ 古くはジャン・コクトーの『美女と野獣』にも登場する「手」の燭台、やっぱり、耽美派としてはお約束なのでしょうか? 何といいますか、こういうイキナリとんでもないところに「手」とか「顔」とかくっつけてしまう西洋の美的センス、好きです・・・(笑)。 にしても・・・、この映画、特別面白かった!というわけではないんです。(シャンデリアとコスチュームは良かったけど。)ストーリィも音楽も、想像以上にコッテリ気味に大味で・・・でもまぁそれはわかってたからいいんですけど。でも、このドラマの一番重要な部分、つまり、ファントムと恋人のあいだで揺れる女心、みたいなものが全く共感できなくて。 というのも、ファントムは魅力的な男なのか?否か? それについて、この映画はどう見せたかったのかが、不可解でした。だって、ファントムが魅力的なんだったら、クリスティーヌがあんなにファントムを恐れることないし、ファントム自身もあれほどまでに苦悩することはない。逆に魅力的じゃないんだったら、クリスティーヌがあんなにフラフラ~っといくのも不可解だし、ファントム自身も胸元をはだけたファッションで薔薇の花をもったりしないで欲しい・・・。そこらへんが中途半端なため、私のうけた印象では、「醜いとされつつも、美女に激しく執着し、つきまとい、そのくせ妙にセクシィな格好をキメたがる薄気味の悪い男、ファントム」と、「立派な恋人がありながら、理性とはウラハラに、醜い上に精神的におかしなな男になぜか惹かれてしまうの~あ~れ~・・・な脳みその足りない娘、クリスティーヌ」っていう、馬鹿っぽいor変態っぽい設定としか見えなくて・・・ホントすいません・・・下品な人間で・・・。(この作品の大ファンの方がいらっしゃったら、ごめんなさい。。) そんなわけで、「なんだかなーわかんねーな」とか思っていたら、、なんと、私がこんな下品チックな印象を得てしまったのは、字幕のせいかもしれない・・・?!という情報を発見しました。 それが、こちら→「「オペラ座の怪人」の字幕 珍訳集」 「ラウルがヘタレに見える」 ですって・・・(笑)。 いや、全くそのとおり、そう思いましたよ!!! (特に、ファントムが引きこもりの変態ストーカーっていうの。) このサイトに掲載されている珍字幕の例を挙げてみると、 ■醜い素顔をあらわにしたファントム氏が言うセリフ。 「Who seems a beast but secretly dreams of beauty」 珍字幕 「(俺は)秘かに美女を夢見ている」 ↓ 正 「(俺は)秘かに美を夢見ている」 「美女を夢見ている」だと、オペラ座の地下で一人孤独に暮らすファントムが、実は美女が欲しくてモンモンとしているように感じられて、なんかヤです・・・(笑)。 ■ファントムに後ろから抱きつかれながら歌うクリスティーヌのセリフ。 「Our passion-play has now at last begun」 珍字幕 「私たちの情熱のプレイは始まってしまったの」 ↓ 正 「私たちの受難劇は始まってしまったの」 情熱のプレイて・・・・・・。日本では、「プレイ」って、エロ方面のニュアンスがありますけど・・・(トホホ)。 ■「俺かラウル子爵か、どちらか選べ」と言うファントムに、クリスティーヌが言うセリフ。 God give me courage to show you, You are not alone 珍字幕 「神さまの与えて下さった勇気であなたに示そう 私もあなたに惹かれたことを!」 ↓ 正 「神よ、彼に示す勇気を下さい。 あなたは孤独ではないのよ・・・」 この後、クリスティーヌはファントム氏にキスをして、それから、ラウル子爵とその場から去るのですが・・・。私はこのシーンを見ていた時、「ファントムに向かって『あなたに惹かれた』とか言って、キスまでしたくせに、サッサとラウルと逃げちゃうのか? おいおい~」と、思いました。だけど・・・、『惹かれた』とか言ってなかったんじゃん! 意訳し過ぎー。 とまぁ、こんな例が盛りだくさんでして、、私が「変態チックな話」と思ってしまったのも、無理もないのかもしれません・・・。 >> 『オペラ座の怪人』サイト >> 『オペラ座の怪人』フィルムクリップ集 このなかの、「ファントムによる地下迷宮への誘い」がオススメです。 ぜひこの、ロックでバロックな(?)テーマ曲を、大音量で・・・(笑)! >> 『オペラ座の怪人』画像集 #
by houtoumusume
| 2005-12-15 04:57
| ◆映画
2005年 12月 02日
先日、久しぶりに映画を見に行きました。『乱歩地獄』。
『火星の運河』、『鏡地獄』、『芋虫』、『蟲』の4つの乱歩作品を映画化した、オムニバス映画です。 江戸川乱歩は、私の世代だと、「必ず通る道」だったような気がするのですが、今はどうなんでしょうか? 子どもの頃は、ポプラ社のアレですよね。で、ちょっと大人になると、春陽文庫のアレで。さらに、学生になると、大井武蔵野館なんかで70年代B級乱歩映画なんかも見たりして・・・と、私もオーソドックスに乱歩体験を経てきましたが・・・。 若かりし頃の乱歩↓ それゆえに、なのかもしれないですが、この『乱歩地獄』、「今さら感」がかなり強い映画でした。「今って70年代でしたっけ?」と、思わず訊ねたくなるような、赤テントで天井桟敷でエロでグロでリビドーでルサンチマンな映画・・・・・・って、アンタそういうの好きじゃん、と言われてしまうかもしれません(笑)。えぇ、確かに好きです。でも、それはその時代に作られたから意味があるんであって、現代にそれをもってくるんだったら、現代なりの味つけで料理してほしいのです。いくら昭和レトロな喫茶店が好きだからと言って、出てくるケーキまでも大味な昭和味だったら、「2度目は、無いな・・・」と思いますよね。 なのに、増村保造の『盲獣』とか、加藤泰の『陰獣』とか、石井輝男の『江戸川乱歩全集・恐怖奇形人間』とか、田中登の『屋根裏の散歩者』とか、いわゆるそういう世界観そのまま。で、現代であるということを示すために浅野忠信を出してみました、っていう(笑)。ちなみに、浅野忠信のシラケ顔さえ出せば現代アートっぽくなる、と思うのはヤメテ欲しいです・・・(浅野忠信じたいは結構好きなんですけど)。 そう考えると、今年の夏に肺ガンで亡くなってしまった石井輝男は、やっぱり偉大だったと思います。遺作となった『猛獣VS一寸法師』では、乱歩のエログロ世界をちゃんと現代的に演出していました。だいたい、明智小五郎が塚本晋也で、主役がリリー・フランキー、一寸法師がリトル・フランキー(小人プロレスラー)で、おまけに丹下博士が丹波哲郎、っていうんですから・・・(笑)。この脱力っぷりが、非常に現代的。まぁ、石井監督って、『恐怖奇形人間』の時から既に「あの・・・ふざけてますよね?」って感じでしたけど(笑)。 (右画像は、乱歩先生) そういう点から見ると、4つの作品のなかで、マンガ家のカネコアツシ氏が監督した『蟲』だけは、とても良かったと思います。構成も凝ってるし、セリフや演出も面白い。ベタなエログロと、リアルなハズシの、絶妙な距離感。とにかく、「新しい乱歩世界」がそこにはありました。さすが、バツグンにお洒落なセンスのマンガ家は、違います。カネコアツシ氏は映画監督は初めてらしいですが、でも技術やら知識やら経験よりも、要はセンスなんだなーと、改めて思いました。極論すれば、技術や知識や経験なんて、それを持っている専門家に任せちゃえばいいことですから(→北野たけしの例を見れば一目瞭然)。 その他に、緒川たまきが出演していましたが、、 これがまた、素晴らしくステキでして・・・! 蛇の形のヘアアクセサリー、一万円札で折った鶴、大きくふくらんだウィッグ、 などなど、グラマラスなアイテム盛りだくさん。 スタイリストは、北村道子! それにしても、この70年代テイストな乱歩映画の何がそんなに私は気に入らなかったんだろう?と、考えますと。何ていうんでしょう、「心の闇」だとか「人間誰しも悪というものを持つ」だとか、なんかそういうことを眉根にシワ寄せて弁じたがるところです(しかも、東海テレビほどチープにやってくれないから、笑えないし)。でも、21世紀に生きる私たちにとって、そんな「闇」とか「悪」なんて「当たり前」過ぎて、逆に困っちゃってるくらいなんですよねぇ。 「心の闇なんてあって当然」っていう前提で、それじゃあどうしよっか? どう扱っていこうか? っていう状況だと思うんです。その回答案として、笑い飛ばす方面に向かったり(例:クドカン作品、『トリック』他)、それとは逆行して、そういうものは無いということにしちゃってイノセント方面に向かったり(例:『セカチュー』、『Deep Love』他)、いろいろ模索しているのが現状だと思うのです。(ついでに、その笑い飛ばす方面と、イノセント方面の、両方を押さえたのが、『電車男』じゃないでしょうか。って、見ても読んでもいないクセにエラソーに発言したりして)。そんな時代に、眉根にシワ寄せて、「心の闇が・・・」とか「人間というのは悪徳を・・・」とか言われても、「ハァ・・・まぁそりゃそうですけど」なんてちょっとシラケてしまうのですよね。 でも。私がこういうふうに思うのは、私がある程度は年をとっているからであって、若者にとっては「心の闇が・・・」とか「人間というのは悪徳を・・・」っていうセリフは、まだまだリアルなものなのかもしれません。そこらへんは私も自分の学生時代を振り返ってみると、そうだったかもしれないなぁとか思いますし。・・・ハッ!・・・根本的なことに気がついてしまいました。ということは、、、つまり、、この『乱歩地獄』っていう映画は、そもそも若者向けの映画だったのかも・・・?!(R指定だけど) た、確かに、若い女の子がかなり多かったような・・・(たまたま隣にいたのはオジサン2人組でしたが、イビキかいて寝てたしな~(ちなみにですが、なぜ映画館で居眠りするオジサンって、スヤスヤ寝るんじゃなくて、必ず「ンガッ」とかって鼻を鳴らすのでしょうか? フシギだしヤメテ欲しい)。 そんなわけで、、私が場違いだっただけかもしれない、ということが判明しました(笑)。ついでにですが、観客が若い女の子ばっかりだった理由のひとつに、成宮寛貴が出演している、というのがあげられると思います。おメメのパッチリした、さわやかな美青年(23歳)。しかし、成宮君ってば、この『乱歩地獄』のなかのひとつ『鏡地獄』で、かなりエロな演技をしているんですよ・・・!! 何せ監督が実相寺昭雄なので、あられもない露骨なSMシーンとか・・・いや、あの、別に私、全然ファンじゃないんですけど、単なる爽やかアイドルだと思っていたので、驚いたのです(というか、変態っぷりが容姿とマッチしてなさすぎて、引いた)。相手役は、小川はるみというピンク系の女優さんみたいなんですけど、、別に美人ってわけでもないフツーの老けたオバサンなため、かえっていやらしさ倍増。丸尾末広の描く一コマみたいなシーン(つまり、目玉なめシーン)もあって、あれはあれで笑えましたけど。 まぁ、成宮寛貴は美青年だとは思いますが、私は一向にタイプではないので、どうってことなかったですけどね~。(あれが、要潤じゃなくてよかった~って思ってますよ! 要潤だったら卒倒してます。いや、正視できないかも~キャー!←どうでもよし)。というわけで、成宮君ファンは、ぜひご覧くださいませ。 なんか、ナルシシストゆえの苦悩と、美と神への挑戦? みたいな感じの役で・・・(よくわからん笑)、 それゆえに、上の画像のような苦悩の表情なわけです。 しかし、全身真っ白な服(白衣)で、150度以上も脚を広げて座る姿は、 『ニューデザイン・パラダイス』(フジ)における谷原章介以来の 奇妙さでした・・・。 (谷原氏のあの開脚は何なの?!って思う人、いませんでしたか?) ■おまけ画像1 乱歩先生の色紙 カ~~ッコイイ!!! ちなみに、2番目の色紙は売り物です。18万円!(こちらへ)。 ■おまけ画像2 乱歩先生とミシマ しかしこの格好、パーティかなんかだったんですかね? さすがに、誰も突っ込めなかったんだろうなぁ・・・。 もし仮にツッコミなんか入れちゃったら、 ミシマは激怒して日本刀で斬りつけ、 乱歩先生はその流血沙汰を凝視し、ニヤリと笑うー。 で、そこへ、イキナリ美和明宏(当時は丸山明宏)が現われて、 「アタクシを斬ってご覧なさいましな」とか言って挑発して、 キ○ガイに限りなく近づいたミシマが思いあまって斬りつけると、 紫色の光がパーッと輝いて、そこにいた全員の目がつぶれる!!! (妄想って楽しい・・・) (画像は、「早稲田と文学」より) >> 『乱歩地獄』の詳しい情報・あらすじ・出演者などが掲載されたサイト。 「Cinema Topics Online」 >> 「旧江戸川乱歩邸」 乱歩が昭和40年まで住んでいた家(&土蔵)が、立教大学の所有になっています。 去年、土蔵が公開されましたよね(私は行っていませんが)。 その記念サイトには、興味深い資料がいっぱい。 ちなみに、乱歩邸の住所は、「豊島区西池袋5-15-17」。 >> 「大衆文学・探偵小説 資料館」 #
by houtoumusume
| 2005-12-02 01:59
| ◆映画
2005年 11月 30日
2ヶ月遅れのパリコレ・ネタ、続きです。昨日ブログを書いていて、ふと思いました、そもそもパリコレって何だっけ・・・? と。「何だっけ」という言いまわしは、「以前は知っていた」という状態を暗示させる言い方ですが、「以前は知っていたのかどうかもわからない」という場合にもたまに使われます。で、私の場合は後者。パリコレ、パリコレ、と気安く口にしているけど、「私はパリコレの何を知っているというのだろうか?」
というわけで、とっても真剣な問いからスタート(笑)。パリコレ、さらにはコレクションについてちょっと調べてみましたが、「こんなの常識じゃん~」って方もいるかと思いますので、そういう場合は読み飛ばしてくださいませ。。 (右画像は、ケイタ・マルヤマ) いわゆるコレクションというのは、年2回おこなわれるのが決まり。春・夏(Spring/Summer=S/S)と、秋・冬(Autumun/Winter=A/W)or(Fall/Winter=F/W)の2回です。さらに、それぞれ「プレタポルテ」(既製服)のコレクションと、「オートクチュール」(高級仕立服)のコレクションの2種類があります。 ■「オートクチュール」コレクションについて。 語源は、「Haute=高級の」「Couture=仕立服」。オートクチュールのコレクションが開催されるのは、1月(S/S)と、7月(A/W)。開催地は、パリだけです。コレクションに参加できるメゾン(店)は、「パリ・オートクチュール組合(サンディカ)」の正式メンバーと、海外メンバー、招待メンバーのみ。ちなみに、正式メンバーは、シャネル、ディオール、ラクロア、ウンガロ、ジバンシー、ゴルティエ、ジャン=ルイ・シャレル、ドミニク・シロ、今年に入ってから新たに正式メゾンになったアンドリーヌ・アンドレとフランク・ソルビエも加わって、今年は10メゾン。 ついでについでですが、サンディカ正式メンバーのひとつ、ジャン=ルイ・シャレル社の、CEOの御曹司っていうのが、中村江里子のダンナさん(シャルル・エドワード・バルト氏)なんですよね~。スゴイ玉の輿! しかも、このダンナさんの祖父のいとこが、記号学者のロラン・バルト。私は哲学科にいたんですけど、『零度のエクリチュール』とか小脇に抱えて、「バルト(ルとトが上がり調子のイントネーションで)がさぁ~」とか語ったりするような人、いましたねぇ・・・。わかってて言ってるのかにゃ~?なんて思っちゃってましたけど(笑)。とか言いつつ、私も『表徴の帝国』なぞ一応読了済み。バルトが日本について論じた書。えぇ、サッパリ「?×3」でしたよ・・・。で、、中村江里子のダンナさんは、ロラン・バルトについて、「海軍軍人がメインストリームの我々ファミリーでは、大変評判が悪い人だった。ホモセクシュアルで共産主義者ときてるんだから」と語っていたそうです(笑)。(「WWDジャパン」より) (画像は、ジョン・ガリアーノによるDior、2005-2006秋冬 オートクチュールコレクションより) ■「プレタポルテ」コレクションについて。 語源は、「pret=準備できている」「a-porter=着る」。プレタポルテのコレクションが開催されるのは、9月~12月(S/S)と、2月~4月(A/W)。開催は、ニューヨーク→ロンドン→ミラノ→パリ→東京、という順で行われ、これを総称して「五大コレクション」と言います。なお、「パリコレ」というのは、通常パリで行われるプレタポルテ・コレクションのことを指すのだそうです。 つまり、、私が昨日から書いているパリコレは、プレタポルテ・コレクション。高級ブランドとは言え、そう、既製服なんですよね。そうやって改めて考えてみると、ちょっぴり親しみが沸いてくるっていうのがフシギ(でも買えないけど笑)。 (画像は、上と同じく、ジョン・ガリアーノによるDior、2005-2006秋冬 こちらはプレタポルテコレクションより) というわけで。。 話は戻って、2005-2006年春夏コレクション inパリ。(プレタ) 上に乗っけた画像に同じく、今回はジョン・ガリアーノ祭り♪ ■ジョン・ガリアーノ(John Galliano) 今回のガリアーノ☆ショウは、まるでサーカスのような、フェリーニの映画のような、キラキラしてグラマラスで、それでいてキワどさギリギリの、怪しくも美しい世界!! それはもう、本当にステキ。デザイナーの中で一番好き!! ~双子シリーズ!~ 誰かに似てるような・・・ あ! 森村泰昌・・・。 こんな美少女、一晩でいくら稼げるだろう・・・。 (って、『プリティ・ベイビー』の世界だったら、ですよ!)(・・怒らないで・・) ~デコボコなカップル・シリーズ!~ 私もチビなので、この路線狙おうかな・・・。 (って、これは美人で細いからカッコイイんでしょって? ハイ!了解!) こういうロマン派なコスとか好きそうだし。 というか、こういうカツラ、ゼッタイ持ってるよね、ヤツは。 (こういうチョッキとか、こういうシルクハットとか、杖ももってるね。絶対。) 「ヴォリューム感」を「存在感」にムリヤリ変換した、素晴らしい例。 すごく太ってるなら、このくらいエラソーに貫禄出して欲しい。 「アタシはあんたらと違って唯一無二の存在だよ!!!」 ってな感じでエバられてふんぞり返られたら、 「確かに。」と納得せざるを得ません。 ~不釣合いカップル・シリーズ!~ 美女は、『黒薔薇の館』時代の美輪明宏似。 キャ。 な、なんて可愛いカップル・・・! こういうシチュエーション、大好き! 美形の肉体労働者を愛でる、年増の金持ち奥さま。 こういうゴージャスおばさんになるのが夢です(笑)。 ニッポンの誇るスーパーモデル、富永愛ちゃん登場。 しかし、日本→日本レストラン→ウエイター っていう安易な連想がバレバレ・・・。 こんなにされちゃって・・・(笑)。 にしても、日本を代表する女の子って、 何故みんな「愛ちゃん」なんでしょうか? これって、1920~30年代のベルリン美女ですよねーー。 この表情!! 拡大すると・・・↓ Anastassia Khozzisova というモデル。 ロシア系か東欧系ですね。 きれぇ~~だなぁ・・・。 ・・・って、全然お洋服を見てなかった・・・(ダメじゃん・・・笑) ■ジョン・ガリアーノによる、ディオール(Dior) 今回のテーマは、「ヌード」だったそうで。 ベージュの肌着のようなお洋服のオンパレードでした。 あれ? これって、2005-2006 秋冬 オートクチュール・コレクションで発表されていたドレスに、似ています~ ↓ ジョン・ガリアーノは、1960年、イギリス領ジブラルタル生まれ。ちなみに、ジブラルタルは、スペインの最南端にある半島で、スペイン継承戦争(1701~1713年)に乗じてイギリスが占領。それからずっと、この地域はイギリス領となっているんだそうです(知りませんでした・・・)。 えーと、ジョン・ガリアーノは6歳でロンドンに移り、名門セント・マーチンズ・カレッジ・オブ・アートを卒業。卒業作品で、既に業界の注目を浴びていたそうです。その後、1984年に独立し、ロンドン・コレクションデビュー。 90年代はパリに移り、LVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)で活躍した後、引退したジヴァンシーに代わって、「ジヴァンシー」の主任デザイナーに就任。さらに1996年には、「ディオール」の主任デザイナーに抜擢され、今に至るのでした。 にしても、先日書いたアレキサンダー・マックィーン(→こちら)との共通点が、多くみられますねー。セント・マーチンズ卒業、ジヴァンシーのデザイナー、それからイギリスの「Designer of the year」も何度も受賞している、などなど。前衛的かつドラマティックなテイストも、似ていないこともないですよね。でも、ガリアーノの方が、退廃的でゴージャス。私が好きなのは、「歴史主義」だということです。歴史を大胆に引用した上での前衛、っていうテイストを愛しております! 日本に生まれてたら、間違いなくヤンキーやってたと思われます。 #
by houtoumusume
| 2005-11-30 12:10
| ◆御洒落
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