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2005年 07月 26日
【著者】ヴィゴー・ショークヴィスト【訳者】高藤直樹 【出版社】音楽之友社 歴史上の偉人には、「悪妻伝説」がついて回ることがよくありますよね。たとえば、ソクラテスの妻・クサンティッペ、トルストイの妻・ソフィア、夏目漱石の妻・鏡子、森鴎外の妻・しげ、などなど。 モーツァルトの妻・コンスタンツェ(Konstanze Mozart)(1762-1842)も、そんな「天才の悪妻」のひとり。その理由としては、「浪費家だった」とか、「貞操観念がなかった」とか、「夫を共同墓地に埋葬して、墓標も立てなかった」とか、まぁ色々言われてきました。 そういえば、アカデミー賞8部門受賞に輝いた映画『アマデウス(Amadeus)』(1984年)でも、妻コンスタンツェは、遊び好きな、童女のような女性として描かれていたように記憶しています(ちょっと記憶が定かではないのですが・・・)。 映画のなかの可愛いコンスタンツェ。 コルセットでもちあげて上乳?を盛り上がらせる、 というこの時代特有のセクシィなデコルテに注目! ↓ ![]() ところが。実際のコンスタンツェは、そんな子どものような女性ではありませんでした。もちろん、生真面目でピューリタン的なモーツァルトに比べれば、コンスタンツェは庶民的なコケットリィの持ち主ではあったようですが・・。その彼女のコケットの例として挙げられているエピソードが面白かったので、以下に掲載します。 コンスタンツェは「罰あそび」なる遊びをするような集まりに一人で出かけたことがあったらしい。彼女はそこで、「罰」として男性の一人に自分のストッキングの長さを測らせたのだった。 (中略) この話を聞くとモーツァルトは大いに怒って、そうした行為をしたことについてコンスタンツェを責めた。コンスタンツェはこれに対して激怒して、同じ日に三度にわたって婚約を破棄すると言っている。罰あそび!!!! 楽しそうですね~~私も参加してみたい(笑)。しかしこんなの、若者のたわいもない遊び、と言ったところですよね。まぁ、嫉妬して怒るモーツァルトの気もちもわかりますけど(笑)、でもそれって彼女が男友達と飲みに行っただけで怒るヤキモチ屋さんの彼氏、って感じ。それに何といっても、時代はロココですよ。『カサノヴァ回想録』を読めば一目瞭然ですが、この時代の性に対するオープンさと言ったら、こんなもんじゃありません・・・。 コンスタンツェの姉の夫ヨーゼフ・ランゲが描いた、 新婚ほやほやのコンスタンツェ。20歳。1782年。 ↓ ![]() そして、それよりも何よりも、後世のモーツァルト研究家がコンスタンツェを非難する最大の理由は、夫を共同墓地に埋葬したままうっちゃっておいた、という件でしょう。これには、後世の人々の大きな誤解がありました。実際、墓地=「死者の園」というようなイメージは、19世紀以降のロマン主義の時代に生まれたもの。それまでは、墓地なんて単なる死体の埋葬所にすぎなかったんだそうです。モーツァルトが死んだのは1791年。当時のウィーンでは、貴族や財産家以外の庶民の遺体は、袋のなかに入れ、他の4、5体の遺体とともに埋葬するべし、という規則がありました。さらに、墓標を立てることも禁止されていた上に、こうした埋葬現場に遺族が立ち会うという習慣もなかったんだそうです! こんな状況では、夫モーツァルトがどこに埋められたのかなんて、わかるはずもありませんよね。 ハンス・ハンセンが描いたコンスタンツェ。40歳。 この絵は、かなり潤色されているそうです(笑)。 ↓ ![]() 本書『コンスタンツェ・モーツァルトの結婚 ~二度ともとても幸せでした』では、こうしたコンスタンツェへの誤解をていねいに解いたうえで、さらに素晴らしい事実を教えてくれます。夫モーツァルトが死んだ後のコンスタンツェの辣腕ぶり、です。 夫が亡くなった後の彼女、借金と2人の息子をかかえて呆然・・・となるかと思いきや、さっそくヤリ手ぶりを発揮します。『皇帝ティートの慈悲』『魔笛』の総譜を高値で売る、プロイセンに8つの作品と『レクィエム』の作品を売る、『イドメネオ』と『皇帝ティートの慈悲』のピアノ譜の予約出版についての広告を新聞に出す、それからモーツァルトの曲の演奏するための演奏旅行を実行し、かなりの評判を得る・・・。そんなわけで、ついに夫の死後数年で、過去の借金をすべて返済したどころか、今度は自分が「金貸し」の立場になってしまったのでした!! その後、コンスタンツェはデンマークの外交官ニッセン(Georg Nikolaus Nissin)と出会い、結婚します。このニッセンがまた非常にすぐれた人物で、モーツァルトの姉ナンネルからモーツァルトの書簡をすべて預かり、モーツァルトの伝記を執筆するわけです。ところが、その執筆中に病死。けれどコンスタンツェは夫の死に打ちひしがれる間もなく、また立ち上がるのです! そして忠実な助手を探してきて伝記を完成させ、この本を売るために奔走。売り上げは芳しいものではなかったようですが、モーツァルト研究において大きな価値のあるこのニッセンの伝記を世に出したのは、コンスタンツェだったとも言えるわけです。 デンマークの公使館つき書記官、ニッセン。48歳。 ↓ ![]() こんな功績のあるコンスタンツェが、なぜ悪妻として非難されてきたのでしょうか? モーツァルトが生きたのは18世紀ロココの時代でしたが、モーツァルトの研究が盛んになったのは、19世紀ロマン主義の時代。この時代の人間が、コンスタンツェのような現実的で理性的な女を好ましいと思うはずがありませんね。ロマン主義時代の理想の女性といえば、感情におぼれて失神したり、果ては狂い死にまでしそうな女性、なんですから・・・(→参考『アドルフ』のペエジ)。そんなわけで、後世のモーツァルト研究家からは「悪妻」の烙印を押されてしまったコンスタンツェ、私から見たらまさに理想的! 常に前向きで、精神的に安定していて、論理的に物ごとを処理できる人。いわゆる肝玉母さんってヤツじゃないでしょうか。生前のモーツァルトは、このしっかり者の妻に支えられて、さぞかし安心して創作活動をおこなえただろうと思います。 コンスタンツェの姉の夫ヨーゼフ・ランゲが描いた、モーツァルト、33歳。 彼を知る人全てが「これが最良の肖像画」だと言っていたとか。 ↓ ![]() 後年、コンスタンツェは、友人にこんな手紙を書いているそうです。 「モーツァルトもニッセンもいなくなりました。私は二人の偉大で輝かしい夫を持ちました。彼等は私を愛し、感謝し、崇拝さえしてくれたのです。私も夫たちを心から優しく愛しました。ですから私は、二度ともとても幸せでしたし、こんな幸運はこの世の中で誰もが出会えるものではありません。」そして、1842年に亡くなりました。 ところで、最初のほうにもチラっと触れましたが、映画『アマデウス』に出てくるコンスタンツェが、とにかくもう物凄く物凄く、可愛いのです!! まるでロココ時代を体現するかのような存在。ブーシェの絵からそのまま抜け出してきたかのような、軽くてふわふわシャラシャラしたイメエジ。ロココ好きには、もうたまりません~~~! ![]() ![]() ![]() ![]() これですね~ ↓ ![]() ちなみに、私は見ていないのですが、3年ほど前に『アマデウス ディレクターズ・カット版』DVDが発売されました。未公開シーンが20分もプラスされているそうで、よりわかりやすくなっているとのことです。 そのなかでも見どころ?になっているらしいのが、コンスタンツェとサリエリとの関係を描いたシーンだそうで。 私でさえ気になっていた、コンスタンツェの豊かな胸元・・・ ↓ ![]() やはりサリエリさんも気になったようで、、 実は、こういうメにあっていたようす・・・。 ↓ ↓ ↓ ↓ ![]() が、詳細は不明なので、改めてディレクターズ・カット、見てみようと思います!! (この情報については、「酒とDVD三昧の日々」のペエジを参考にさせていただきました!) ちなみに、コンスタンツェを演じたのは、エリザベス・ベリッジ(Elizabeth Berridge)というアメリカの女優。撮影当時、22歳だったそうです。 その彼女の、2004年のスナップはこちら。 ↓ ↓ ↓ ![]() (ついでですが、この↑映画のサイトがあまりにお粗末でビックリ。2001年の作品ですが、確かに4年前のweb環境ってこんな感じだったかもなァ・・・。隔世の感。) >> モーツァルトの家族について詳しいペエジ。 「旅人モーツァルト」 >> 映画『アマデウス』成立について詳しいペエジ。 「YUTA-MAGAZINE」
by houtoumusume
| 2005-07-26 23:00
| ◆本
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