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2006年 12月 10日
しばらく更新していなかったのですが、実は新ブログを始めました! こちらのブログは、『放蕩娘の縞々ストッキング β』として、このままにここに置いておくつもりです。
新しいブログは、『放蕩娘の縞々ストッキング!』です。って、同じタイトルじゃん・・・という感じですが、いえいえ、「!」が付いたんです(笑)。新しいブログは、どちらかというと文章中心にして、コマメに更新したいと思っております。どうぞよろしくお願い致します。 ![]() # by houtoumusume | 2006-12-10 11:38
2006年 10月 25日
久しぶりすぎる更新です。バタバタしておりまして・・・って言い訳です。久しぶりの更新で自分のお知らせというか宣伝をするのは気がひけるのですが、お知らせさせてください。
初の著書、『色っぽいキモノ』が発売されました。 ![]() 河出書房新社 定価1,500円(税別) 「色気」や「粋」にマトを絞り、そのうえで、キモノの歴史やエピソード、ストーリー、貴重なビジュアルなどをふんだんに盛り込んだ「読みもの」です。 着物本として作られてはいますが、決してキモノに関するアレコレだけを扱っているわけではありません。 真のテーマは「色気」、です。 色気を漂わせる方法とは? 日本における色気って? 色気のある姐さんってどんなヒト? そもそも、色気って何よ? そんな素朴かつ普遍的な問題について、ディープに濃いめに、そしてウザイくらいしつこくネバっこく(?)、探ってみました。 そもそも高校生の大昔から、「色気」とか「粋」とか「姐さん」とかそうしたテイストが大好きで、このテーマに関して自分なりに追求してきました。溜めに溜めこんで発酵しまくってヤバイことになっていたものを、ようやく形にすることができてちょっぴりホッとしております。 キモノに興味がない方や、男性にも、きっと面白く読んでいただける本だと勝手に思っております。ちなみに、私の周囲のキモノに興味のない男性数名からは、なかなかの好評をいただいております。 全国の書店の、実用書コーナーや着物本コーナーに置かれているようですので、ぜひ手にとって中をパラパラと覗いてみていただけると、本当に光栄です(もちろん買っていただけたら嬉しいのですが、見ていただけるなら立ち読みでもやっぱり嬉しいです)。もちろん、ネット書店でも扱っています(→amazonではこちら)。 それから、表紙と中のイラストは、ずっと昔から個人的にファンだった人気イラストレーターのコダカナナホさんにお願いいたしました。中にもナナホさんの素敵なイラストがたっぷり入っています! そして、洋風と和風が絶妙にmixされたジャパネスクゴシック(!)な装丁・デザインは、studio expoさん。そもそもこの本を作るきっかけとなってくださったのがstudio expoさんなので、感謝もひとしお。中のデザインもとても華やかなので、ぜひご覧ください! 2006年 08月 30日
もう秋ですね。今年の残暑はどんな感じなのでしょうか。気温は高くてもいいから、湿気だけはもう御免こうむりたいと思っている私です。除湿命!! そんな前置きとは全く関係なく、シャンデリア好き女子として見逃せないニュースがとび込んできましたのでレポートしたいと思います。何はともあれ、以下詳細。 女子大にベルサイユ風トイレ シャンデリアに名画・・・ ![]() えーと、どこから突っ込んでいいのか・・・こちらではわかりかねます(大人語)。 奥のアーチはイスラム風、床はペルシャ風、シャンデリアや金色装飾はベルサイユ風・・・と、昭和期ラブホ風味満載の上に、ゴッホやルノワールなど、おじさま連が意味不明に大好きでたまらない印象派の複製画がかかってるという、凄いトイレ。 国際観光学部が開設される記念事業、とのこと。しかも、この国際観光学部、客員教授に元自民党幹部・野中広務氏を迎えたそうで、「アジア外交や内政問題について講義する」のだとか。(一体何をする学部?) とりあえず、大学を経営する日本のおじさま達には世界はこんなふう↑に見えている(上の写真参照)、ということがよくわかりました。凄いですー。 ちなみに、このトイレで用をたしながら「リラックスして創造力と美的感覚を磨いて欲しい」ということですが、ニセ印象派とシャンデリアとイスラム風アーチに囲まれて用をたすことで育つ美意識が仮りにあるとしたら、それは「バッドテイストをバッドテイストとしてではなく、本気で美しいものとして受けとめてしまう特殊な美意識」でしかないのではないでしょうか・・・。が、しかし、日本ではそれで良いのかもしれません。そこら中バッドテイストで充満している日本で満足して生きていくためには、そうした特殊な美意識を発達させることが必要不可欠であり、また、そうした特殊な美意識を持つがゆえに、世界における「個性」「オンリーワン」として日本の美意識をアピールできるわけで。それこそが、オタク文化という日本独自の美意識(?)を欧米のアートシーンにアピールして成功した村上隆の言う、「世界で勝負するには日本の特性をアピールするのが一番だ」という「芸術起業論」につながっていくのではないかと思われるので、「国際観光学部」としてはそれが真の狙いなのかもしれませんね! もちろん、その特殊な美意識が世界で受けるかどうかは、また別の問題ですが。つまり、このベルばら&宝塚&昭和ラブホテイストをどのようにして世界に認めさせるか、どうしたら欧米の人々の興味をそそる魅力的な新しいコンセプトとして提出できるか、というのはまた別の問題、ということですけど。 とりあえず、女性同伴とはいえ、男性が見学しにチョロチョロ入ってくるようなトイレで、はたしてリラックスして用をたせるのかどうか? これについては大いに異を唱えたい(心の中だけで)と思う私でした。ちなみに、私もこのトイレ使ってみたいです・・・(本音)。 ちなみに・・・・、シャンデリアつながりで、 世界の様々なシャンデリアたちを紹介したいと思います。 以前にブログでも紹介しましたが(→こちら)、映画『オペラ座の怪人』で使用された、巨大シャンデリア。この巨大シャンデリアが観客席に落下して大惨事勃発!ギャャァァー! ・・・なところが、この映画の最大のハイライトです(たぶん)。 ![]() マニアのためのデータ。 ●高さ5m、幅4m、重さ2,3トン ●全てスワロフスキー・クリスタル ●フルカットのクリスタルを2万個使用 ●金額にして約2億5000万円相当 ●組み立てに4ヶ月、スタジオでの組み付けに4日。 これも以前ブログで紹介した(→こちら)、タリナ・タランティーノ作成、キティ・シャンデリア。キティ三十路祝いの特別作品。 ![]() ちなみに、タリナ・タランティーノ(Tarina Tarantino)は、パリス・ヒルトンなどL.Aセレブ御用達アクセサリーデザイナー。今まで日本では売っていなかったのですが、先日「有楽町阪急」に行ったら、なんとタリナ・タランティーノのアクセサリーコーナーができているではないですか! キティモチーフはどうでもいいとして、ルーサイトでできた超可愛いアクセサリーがいっぱい! キャー。しかし、こういうのっていつ撤退するかわからないので(笑)、興味がある方は今のうちに有楽町阪急へ・・・! (追記)新宿伊勢丹にもタリナのお店ができたそうです。定着するかもしれないですね。 ![]() タコ足シャンデリア。 Adam Wallacavageというアーティストの作品で、タコ足シャンデリアシリーズ。気持ち悪くて最高です。 ![]() ![]() ![]() ![]() 以上・・・、まったくもってイイ吸盤してますね。 さらに、前述のタリナ・タランティーノと、こんなシャンデリア作品をコラボってる様子です。 ![]() パールとスワロフスキークリスタルでできているとか。 乙女と悪趣味の融合って、本当に本当に、いいものですね。 (以上の画像は、「Jonathan LeVine Gallery」より) で、お次。 ![]() すべて骨でできてる、骸骨シャンデリア。 これは、チェコのクトナー・ホラ(Kutná Hora)という町にある、 コストニッツェ(Hřbitovní kostel všech Svatých s kostnicí )(納骨堂付き諸聖人の墓地教会) という教会にあるシャンデリア。ここの教会の内部は、すべてのものが人体の骨でできているのだそうです。(そういえば、ローマにも骸骨寺があったのを思い出しました→Cemetery of the Capuchins キリスト教ってこういう過激なところがありますよね。何が原因なんだか。) ![]() (「Wiki travel -- Kutna Hora」より) ![]() ![]() あぁ、私もこの教会の一部になりたい!!! (よくわかんないオブジェの星の部分希望) >> 「旅人のチェコについてのガイド」 そして、塩シャンデリア。 ![]() 全て塩でできた、塩シャンデリア。愛・地球博のポーランド館で展示されていたものだそうで、ポーランドのヴィエリチカ岩塩採掘場からもってきたものだそうです。 本場では、このシャンデリアに光が灯って非常に美しいのだとか。 こんな感じ! ↓ ![]() 美しいですね・・・! っていうか、なぜ、愛・地球博では光を灯さなかったのか? それじゃ魅力半減じゃない? シャンデリアの本質をわかってないと思います!愛・地球博は! あぁ、とにかく東欧に行きたい!!! >> 「ポーランドからの報告」 シャンデリアマニアの貴方のために。 素敵シャンデリアが満載のサイト。 >> 「Schonbek」 >> 「King's Chandelier Company」 ![]() 2006年 08月 11日
夏本番ですね!! 私は夏が大好きです。とは言うものの、今年は春からずーっととにかく忙しくて夏の予定をたてる余裕が全然なかったというのもあり、私の頭からはスッポリ「夏」が抜け落ちておりました。ハッと気が付いたら梅雨明け。「ちょ、ちょッ待てよ!!」とか(キムタク風に)言ってるうちに、はや8月。やっと夏服を買いに行けたと思ったら、もうセール後半戦で良いアイテムなど残ってナシ(セール早すぎ!)。新しいお気に入りの夏服もなくて、夏をすごせるかよ?と、ふてくされ気味の私です。もういいッ!秋冬に賭ける! と思うに至り、既に私の中では「夏は終わった」ことになっているのでした。。。(画像は、歌舞伎座チラシより) そんなわけで、旅行に行けない代わりに、せめて手近なところで異世界への旅を体験しよう、ということで歌舞伎座です(苦しいつなぎ・・・)。 先月(7月)、歌舞伎座に行ってまいりました。しかし、今回はいつもの一幕見席ではありません! 2階席! 8400円! 初日に何度も電話してチケット購入! しかも午前と午後の両方! ・・・ケチ(というか金欠)な私らしくもない、ものスゴイ張り切りよう。何故なら、・・・泉鏡花まつりだったから。 泉鏡花。いずみきょうか。ご存知の方も多いと思いますが、明治から昭和にかけて活躍した作家です。もちろん、鏡花の作品に関しては、いろいろとケチのつけどころ&ツッコミどころは満載だということは百も承知です。B級メロドラマのノリだし、時代錯誤だし、構成が破綻しているし、主語と述語が一致していないし。しかし、鏡花の作品だったら、どんな駄作でも最高! むしろ、駄作であればあるほど鏡花の味がそのまま顕れていて狂喜! いかなる欠点があろうとも、それは金襴の錦となり、いかなる破綻があろうとも、それは雪の真珠となる・・・って、鏡花調のつもりですね? 何を隠そう、私は泉鏡花にうっとおしいほどの思い入れがあります。学生時代、神保町の古本屋で全集30冊を買い込み、くる日もくる日も読みふけっていたくらい心酔してました。っていうか、いかに「非・華やか」な学生時代をおくっていたかがよくわかりますよね。いや、でもホントに若き日の青春を捧げたわけですよ! 本気で。さらに言うなら、私にとって泉鏡花は、唯一、「神」のような存在なのですよ!! (はいはい、わかりましたよ・・・。) そんなわけで、「鏡花LOVE!!」な玉サマ企画による、夢の鏡花劇4本立て。 演目は以下のとおり。 (午前) 『夜叉ケ池』 監修:坂東玉三郎 演出:石川耕士 出演:春猿(百合・白雪姫)、段治郎(萩原晃)、右近(学円) 『海神別荘』 演出:坂東玉三郎、戌井市郎 美術:天野喜孝 衣裳考証:坂東玉三郎、天野喜孝 出演:坂東玉三郎(美女)、海老蔵(公子) (午後) 『山吹』 監修:坂東玉三郎 演出:石川耕士 衣裳:坂東玉三郎 出演:笑三郎(縫子)、歌六(人形使い)、段治郎(島津) 『天守物語』 演出:坂東玉三郎、戌井市郎 出演:坂東玉三郎(富姫)、海老蔵(図書之助)、春猿(亀姫)、門之助(舌長婆) 個人的に、上記の中で一番好きなのは、『海神別荘』。 主人公の2人が、揃いも揃って、トンデモないんですもの・・・。最高です。以下、ストーリー。 海の宮殿に住む「公子」(海老蔵)は、強くて美しい貴公子(ちなみに、竜宮城の乙姫様の弟だそうです・・・)。公子は、人間界に住む「美女」(玉三郎)をぜひ妻にしたいと思います。そこで、美女の父は財宝と引きかえに、娘を海の生贄に。かくして、美女は海をユラユラとやってきました。 こんな感じで、ファルコンみたいな白い竜に乗って、 ゆら~り海をやってくる「美女」(←という役名ですから) ↓ ![]() そんな美女の様子を、公子(左画像)はマジックミラーで御鑑賞。すると、海の僧がやってきて、「あんなふうに女を馬に乗せた姿は、罪人の引き回しのようで不吉だ。まるで、放火の罪で火あぶりになった八百屋お七のようだ」とイチャモンをつけます。それを聞いた公子、こんな↓スゴイ論理でもって反論するのでした。「どこに当人(←お七)が嘆き悲しみなぞしたのですか。人に惜しまれ可哀(かわい)がられて、女それ自身は大満足で、自若(じじゃく)として火に焼かれた。得意(とくい)想うべしではないのですか。なぜそれが刑罰なんだね。もし刑罰とすれば、恵の杖、情の鞭だ。実際その罪を罰しようとするには、そのまま無事に置いて、平凡に愚図愚図(ぐずぐず)に生存(いきなが)らえさせて、皺(シワ)だらけの婆にして、その娘を終わらせるが可(い)いと私は思う。」なんと。「罰するなら、そのまま生かしておいてシワシワのババァになるまで放っておくのが一番の刑罰だ!」ときました。ひー。大問題になりますよ。そんなこと言ったら。 ファルコンの実態。 ↓ ![]() そうこうしてるうちに、美女が到着。ところが、鱗だらけのいかつい鎧を着た公子を見て、美女は「おそろしゅうございます・・・」と怖がります。すると公子、またもやこんなことを言い放つのでした。「私は、この強さ、力、威あるがために勝つ。閨(ねや)にただ二人ある時でもこれを脱ぐまいと思う。私の心は貴女を愛して、私の鎧は、敵から、仇から、世界から貴女を守護する。弱いもののために強いんです。 (中略) 女の身として、優しいもの、媚あるもの、従うものに慕われて、それが何の本懐です。私は鱗をもって、角をもって、爪をもって愛するんだ。・・・・・・鎧は脱ぐまい、と思う。」あくまでも強気! もう何がなんでも「鎧は脱ぐまい」と思う、とのこと。でも、二人きりの閨(寝室)でぐらいは鎧を脱ぐべし、と思う。 ・・・しかし、かなり奥深いことを言っています。すなわち、「優しい男、媚ある男、他人につき従う男に、愛されたところで、それが女の幸せか?」 と。・・・深いです。 公子、ステキかも!! そして美女は、海の生贄として捧げられたと思っていたけれども、自分は元気で幸せだということを人間界の人々に知らせたい、と言い出します。ところが、人間には大蛇としか見えないような身になってしまった、ということが判明。公子の魔法のせいだ、と公子を責めたて、嘆き悲しむ美女。すると公子、ついに怒り爆発!!「どこまで疑う。(憤怒の形相) お前を蛇体と思うのは、人間の目だと云うに。俺の・・・・・・魔・・・・・・法。許さんぞ。女、悲しむものは殺す。」短絡的すぎる結論!! 悲しんでるだけで、死ね。・・・や、やっぱり優しい男のほうが良かったかも・・・・・・なんて思う間もなく、処刑の準備が整えられます。大きな錨に、太いロープでもって磔にされる美女。 かなりの萌えシーン。嗜虐の美。 ↓ ![]() 公子の命令がくだり、部下たちの槍が美女のからだへ・・・危うし美女! と、その時、磔にされた美女が、突然こう言い放ちます。 美女 「貴方、こんな悪魚の牙は可厭(いや)です。御卑怯な。見ていないで、御自分でお殺しなさいまし。」間近で見つめあう、公子と美女。そして美女の口から出る、衝撃のセリフとは・・・?! ![]() 美女 「ああ、貴方。私を斬る、私を殺す、その、顔のお綺麗さ、気高さ、美しさ、目の清(すず)しさ、眉の勇ましさ。はじめて見ました、位の高さ、品の可(よ)さ。もう、故郷も何も忘れました。早く殺して。ああ、嬉しい。」 えーーーーーーっ!!! と、思わないように(って言われても思いますけど)。 「美しければ、すべて良し(本気で)」。それが、鏡花業界の掟・・・。 そして2人はまるでそのスジの者のごとく、互いの血を盃に落として飲み交わし、将来を誓い合います。 そして、クライマックス。 美女 「ここは、極楽でございますか。」 何ですか?! このキメゼリフは・・・!!! 「女のいく極楽に男はおらんぞ」って・・・さすが鏡花。たまりません。シビレます。こんな、ひたすら濃度が高くて物凄い大きさのGを感じさせるセリフ、なかなかお目にかかれません。海老蔵も良いけれど、私としてはぜひ仲代達矢(『鬼龍院花子の生涯』の頃の)にこのセリフを口走ってもらいたい!!と、切に願います。 ![]() (↑ 何言ってるのか分からないとなお良し) ちなみにこの『海神別荘』、美術と衣裳考証を、あの天野喜孝が担当。なるほど!という感じ。これを知ると、一気に舞台がグインサーガの世界に見えてくるから不思議です。 そういえば昔、私が学生の頃だったか、この『海神別荘』を宮沢りえ&伊原剛志で上演してたように思います(確か演出は玉三郎)。しかし、こういうスゴイ強烈でカリスマチックな役を、この上記の2人に演じさせるのはかなり酷だったのではないか? と思うのですが、どんなだったんでしょう。これ、そうとう芸があって、且つ美しくないと、単なるコントみたいになってしまいそうなんですけど・・・。ある意味、見てみたい気もしますがー。 今回の歌舞伎座、『海神別荘』以外の他の3つの劇もとても面白かったのですが、また長くなってしまうので、このくらいにしておきたいと思います。特に『山吹』はある意味でのおもしろさテンコ盛り作品なので、いろいろ書きたいのですが・・・、時間がないので後日書きたいと思います(・・・が、どうなることやら)。 >> 鏡花について 「裏青空文庫 泉鏡花」 「泉鏡花を読む」 ![]() 玉様 「じゃあここは極楽だわね (クスッ)」 エビ様 「・・・・・・(しまった!!)」 (このページで使用した画像は、歌舞伎座チラシとパンフレットから掲載しました。 問題があればご連絡くださいませ) 2006年 07月 12日
![]() もの凄く久しぶりの更新です。最近は、仕事の息抜きにワールドカップをコマメに見ていたため、すっかり「にわかサッカーファン」と化してしまった私です(笑)。サッカー面白かったですね!いや、ホントに知りませんでした、サッカーがあんなに激しい格闘技だったとは・・・。 しかし、今回ワールドカップをずっと見ていて、いろいろな事を考えさせられました。なぜ日本人は駄目なのか? という、戦後日本において何度となく言われてきた問題を、改めて突きつけられたような気がしました。 私が感じたのは、「やっぱり、日本はヌルイのだ・・・」ということでした。 日本という国は、ある意味で「かなり居心地が良い国」です。実際、世界レベルで言ったら、戦争も内紛もなく、気候は温暖で、生活水準は高く、教育水準は高くて、失業率は低く、犯罪率は低い。何だかんだ言われていても、こだわらなければ仕事はあるし、普通に働けば海外旅行に行ったりブランドもの買ったり車買ったりマンション買ったりするのが、別に特別なことではない国。そんな国、地球のどこを探しても無いのではないでしょうか。おまけに、男女共に世界一の長寿国(→女性が86歳、男性79歳)。まるで夢の島ですよね、それだけ聞くと。 もちろん、それはそれで良いことだと思います。それは認めます。でも、そうなるとどうしても「ま、こんなもんだよな。ま、テキトーに盛り上がって楽しくやろうぜ」的なヌルイ空気が蔓延してしまうのは仕方がありません。あるていど知名度のある企業で、とりあえず売上があって、そこそこの給料&ボーナスが貰えて、社員も大量にいて、同期も仲良しで、週末はカラオケか飲み会・・・・・・みたいな会社に、ヌル~い空気が漂ってしまいがちなのと同じことではないでしょうか。 私はサッカー初心者だったので、日本選手たちのあまりに動かない&シュートもしようとしない戦いっぷりに、「これは、日本チーム独特の戦術なのかな?」と、本気で思いました。つまり、そのくらい、他の国の選手たちと戦い方が違っていた、ということなのですよね。 もちろん、それにはいろいろな理由があるのでしょう。私は素人なので詳しいことはわからないのですが、監督の采配不足だとか、発熱していた選手が出ていたからとか、そもそもサッカー後進国だからとか・・・。だけど、素人でもわかったことがあります。それは、「闘うことへの情熱」というものが、日本と海外では決定的に違う、ということです。 ![]() 今でこそ「学校や会社に競争原理をとりいれよう」みたいなことが言われていますが、そんなものが10年やそこらで定着するはずもなくて。やはり、戦後の日本人は徹底して「闘うこと」が苦手なのだと思います。 昔の日本人はどうだったんでしょう。もちろん、農耕民族である日本人は、「集団で計画立てて米作りをしなくてはいけなかったから、温厚で協調性のある性質になったのだ」ということもあるかもしれません。でも、過去には、戦乱の時代が長くありました。第二次世界大戦だって、世界中を敵にまわして戦いました。そう考えると、そもそも日本人は闘えない民族なのだ、とは一概には言えないと思うのです。やはり日本人が本当に闘えなくなったのは、戦後からなのかもしれません。(でも、だからと言って、アメリカのせいだ!なんて言うつもりはありません) 私個人の体験だけで物事を決めつけたくはないのですが、小さい頃からのことを振り返ってみると、「闘うことは良くないこと」という教育を施されてきたように思います。「みんな平等に」「みんなで一緒に」「みんな同じに」・・・結果、「協調性」というものがとても重視されていたと思います。実際、私は小学低学年の時、通知表に毎回、「協調性がない、落ち着きがない」と書かれ、親にも毎回「直しなさい!」と言われてきましたし・・・。 そんな社会では、「闘う」ことへの素直な情熱なんて、なかなか生まれようがないです。だって、「争うヤツは悪いヤツ」とされているんですから。「みんな仲良く」で、闘う必要なんかないのですから。ただ、そういう偽善的な空気からは、そういうものに対する「反抗」への情熱は沸きやすいかもしれませんね。不良スピリットみたいな。でも不良スピリットって、あまり長続きしないっていうか、ある程度のラインに来ると、「ま、いっかー」「アタシも子どもができて人生観変わったしー」みたいな感じで、憑き物が落ちたようになってしまいがちです(ロックなスターにありがち?)。もちろん、そうじゃない人もたくさんいますけど。 そうではなくて、そういう「反抗」エネルギーとはまた別の、「闘う」ということへの純粋な情熱、というものが、日本では生まれにくいように思うのです。そんなもの、実生活で必要ではありませんから。そんなものあったら、かえって生きにくいですから。 でも、そういう世の中は、基本的に勝負事に向いていません。いくらスポーツは闘いだとわかっていても、いくら試合の時は真剣に闘おうと思っていても、試合以外の実生活においてほとんど「闘い」が要求されない環境にいたとしたら、やはり「闘う」ことへの情熱は低いレベルにとどまってしまうはずですから。そうした日々の生活における「闘い」への意識、その差が、海外の選手と日本の選手との差なのではないか? などと、素人ながらも考えさせられたのでした。(もちろん、自分への反省も込めて・・・) ![]() ちなみに、闘争心が限りなくゼロに近い、のどかでの~んびりした日本人選手のおとぼけびっくりニュースを、日刊ゲンダイで読みました(笑)。以下。 対オーストラリア戦の8日前の、ドイツで。マルタとのテストマッチが行われたものの、格下のマルタ相手に苦戦を強いられ、ミス続出、ジーコも激怒し、中田(英)も「W杯を戦う準備ができてない。気持ちの問題なので、選手それぞれの問題。僕はこれからコンディションを上げたい」と怒りの声をあげた(→コレ)その夜のこと。 日本人選手6人(柳沢、稲本、小野、大黒、坪井、小笠原)は、ヨーロッパ随一の日本人街でもあるデュッセルドルフの町にくり出し、日本人女子留学生をナンパし、日本料理屋やカラオケ屋に電話をかけまくってあっさり断られ、デュッセルドルフなのに「カフェ・ド・パリ」という微妙なバーで朝まで飲んで大騒ぎだったそうです。 初戦1週間前だというのに、体調管理も気にせず、練習もなんのその、のどかでのんびりマイペースなところが、日本人選手の良いところ。それでこそ、海外メディアに「ある意味、芸術的」とまで言わしめた柳沢の豪快シュートが生まれたのでしょうね。 しかも特筆に価するのは、日本人女子を口説きながらも、「写真撮影もサインも断固拒否!!」という徹底した用心ッぷりを発揮したこと。さすが、立派です! ・・・って、なんかイラッとしてきました。 どうせ女遊びするなら、ダイナマイト☆バディなゲルマン系パツキンねぇちゃんを、群れではなく1人でナンパして、ゴージャスなクラブでドンペリ開けてシガーでも吸え!!!!!! 勝新ならそうしたはずだ!! ついでにマリファナも、だ!!! ![]() それに比べて、海外選手の熱いことといったら。空高く飛んで、空中で身体をぶつけ合って、1秒後には全員が地面に転がり落ちてうめく、というサーカスと格闘技が混ざったようなシーンを見るたび、胸が熱くなりました。単純に、男の人が一生懸命闘っているさまっていうのは、見ていてとても良いものなのですね。 なかでも最高だったのは、もちろん、決勝戦でのジダン(Zidane)の頭突き! ![]() ![]() ![]() マテラッツィが何を言ったかは、どうでもいいのです(「勝つためなら何だってヤルぜ!」な、イタリア式狡猾さも嫌いじゃないですし)。そんなことよりも重要なのは、ジダンのあの行動は、レッドカードを貰うのを分かっていても頭突きせずにはおれない、そんな熱い闘争心ゆえの行動だということ。試合中だけではなく、常に闘争心を心の中に秘めているからこその。ああいうシーンを見ると、本当に、心の底から、「いいなぁ~~」と、羨ましくなります。でも、ヌルい国でのんびり暮らしているからこそ、こんなことを言えるのかもしれませんけれどね。常に闘争心を持たなくてはいけない環境は、それはそれで大変なものでしょうから・・・。 例えば、準々決勝で敗退したブラジルなんか、ベスト8には残ったのに、「給料泥棒!」「引退しろ!」「カフーの年寄り!」「ロナウジーニョかっこつけんな!」「ロナウド痩せろ!」など、「そ、そこまで言わなくとも・・・」と思わざるを得ないようなヒドイ罵声を浴びせられた上に、本国ではロナウジーニョの像が燃やされて骨組みオンリー状態に・・・・・・。常に闘争心が必要な国というのは、こういうものなのでしょう。 キ、キビシイです・・・(ちょっと無理かも・・・)。 >> ジダン頭突き動画。 こちら >> 早くも、ジダン頭突きゲームが登場?! ジダン頭突きゲーム ちなみに、Wikipedeia(こちら)によると、ジダンは「突如ギレ常習犯」らしく、 ・1998年フランスW杯 サウジアラビアの選手を両足で踏みつけ。 ・2000年チャンピオンズリーグ ハンブルガーSVの選手に頭突き(ユベントス時代)。 ・2004年リーガ・エスパニョーラ ムルシアの選手に頭突き(レアル・マドリード時代)。 ・2005年のリーガ ビジャレアルの選手に突然平手打ち。 ・2006年ドイツW杯 韓国戦で次試合が出場停止になり、競技場のドアを破壊。 施設側は「サッカー史上最も偉大な選手の1人に蹴られた扉」ということで、 そのまま保存することに決定! などなど、数々の武勇伝があるそうで。 で、現役最後の試合で、ダメ押しのように「頭突き」で有終の美を飾るだなんて・・・人間のスケールがデカすぎる。前髪の角度に反しない、トンガリッぷり。 やっぱり、男はこうでなくては。要するに、「中途半端なことすんな!!」ってことです。勝負も、遊びも。極論すれば、結果じゃないんです。どれだけ魂を燃やしたか、なんです。そうやって真剣に魂を燃やしているさまを、見たいんですよね。それは、誰にでもできることではありませんから。でも、だからこそ「国の代表」なわけで・・・。そこんとこ、わかってないのではないかと思いますよね、一部の日本人選手の方々は。。。 ![]() (トッティ王子に憑依したYAZAWA) ついでに、どうでもいいようでいて、どうでもよくないような、微妙な情報をコピペ。 「ジダン退場「2ちゃん」で予告!?」 (スポーツ報知) こういう場(2ch)においては、日本人の細やかな注意力や想像力が、遺憾なく発揮されるようです・・・! 平和だなー♪ (良いんだか悪いんだか。) (追加情報☆) フランスで、ジダンの頭突きソングが、話題になっているそうですー。以下、Exciteニュースより。 ![]() (パリ 11日 ロイター) ジダンがイタリア代表のDFマテラッツィに頭突きをかましたことをテーマにした歌がすでに作られ、大ヒットの気配だ。(右画像、ジャケット??たぶん) 試聴してみましたが、ヘンテコなフランス語のラップ(?)がヤミツキになりそうなオモシロ・ミュージックでした(笑)。「クドゥブル(Coup de Boule=頭突き)」というフレーズと、「ズィダニラタペ(Zidane, il a tape=ジダンはヒットマン)」というフレーズがループする、ノリノリのダンスミュージック。 個人的には、これのトランスバージョンでクラウチ(イギリス)とムンタリ(ガーナ)と小力(日本)が踊っているところがぜひ見たいです。 おまけ。 ![]() ![]() ![]() 2006年 05月 13日
【制作】 1966年 大映【監督】 島耕二 【原作】 三島由紀夫 【脚本】 長谷川公之 【出演】 田宮二郎(宮城譲二) 高毬子(森田冴子) 佐野周二(森田直人) 中村伸郎(須賀健作) 若山弦蔵(不思議な男) 滝瑛子(山本ルリ子) 渚まゆみ(佐々木千鶴子) イーデス・ハンソン (アン・ホーダア) 【主題歌】西田佐知子 @キネカ大森 「三島由紀夫映画祭」 田宮二郎。大映。そして、三島由紀夫・・・。 濃くて熱くてうっとおしい。かなり迷惑でありどちらかと言えば気色悪い。なのにそれがたまらなく嬉しい。有難い。快感である。・・・そんな精神的Mな方、これを見て悶えてください。と同時に、そんなうっとおしいものたちの三ツ巴を、指さしあざけり笑い罵詈雑言あびせたい。そんな精神的Sな方にもお薦めできます。(つまり、SでもMでもない、わりと普通で正常な方には楽しむポイントのない映画。もちろん、精神的な意味で。) 有名な話ですが、この映画の原作『複雑な彼』のモデルは、元ヤクザの作家・安部譲二。今月号の雑誌『映画秘宝』に安部譲二のインタビューが載っていたのですが、これがもう面白いったらないんです。必読。今すぐ本屋さんへ・・・!(って、別にマワシものではありません) 実際、安部譲二と三島は知り合いだったそうなんですが、それは安部譲二が銀座にあったゲイバーの用心棒をしていたから、だそうです(←安藤組組長・安藤昇に頼まれたんだそうです)。そのゲイバーは、客のほとんど全員が外国人というようなスノッブな店で、三島は数少ない日本人客の1人。週に1回は必ず来ていたそうですが、「全然モテなかった(安部譲二・談)」そうです・・・トホホ。 で、このインタビューを読むと、安部譲二が小説のモデルになったいきさつっていうのが、かなりテキトーな話なんです。三島は安部譲二に何の断りもなく、勝手に安部譲二の知人からいろいろ聞きいて小説にしちゃったとか・・・。『女性セブン』の連載が始まってから、安部譲二の昔のカノジョが「これアナタのことじゃないのっ!」と血相を変えて知らせてきたんだそうで、文豪・三島由紀夫、そんなんでいいのか? 昔っていい加減だったんですねー(いい時代だわー)。 とりあえず、ストーリィをカンタンに紹介。主人公は、NAL(ナル?)航空のスチュワード、宮城譲二(田宮二郎)。美男子で、背が高くて、英語がペラペラで、スマートで、とにかくカッコイイ色男。・・・って、英語ペラペラ以外は、安部譲二の現実とはかなりかけ離れているようですが、そこらへんはご愛嬌。で、その宮城譲二と互いに惹かれあうようになる娘が、冴子(高毬子)。商社の重役の娘で、お手伝いさんのいるお家で、あの時代(1ドル=360円固定の時代)に気軽にササッと海外旅行しちゃうような、ものすごいお嬢様なのです。そして後半、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロ(贅沢なロケ)ですったもんだの挙句、 冴子:「結婚するまでは、あなたのお部屋に行くことはできないわ」 譲二:「(ガーーン)」 と、今では全く意味をなさないドラマツルギーが導入されていることが明らかになるのでした・・・(一応、悲恋ストーリィです)。 40年も前の風俗映画なので、感覚のズレがあるのは当然。例えば。 ●田宮二郎が、真夏のリオの炎天下の中にも関らず、いちいち全身真っ白のスーツで登場。 ●田宮二郎が浮気するシーンで、情事中なのに、革バンドの腕時計だけはしっかり装着。 ●情事の後に田宮二郎がタバコを吸うと、女が白いハイヒールを差し出し、田宮はそれを灰皿がわりにする。 ●リオで、お決まりのように恋人がガイジンにからまれ、お決まりのように田宮二郎がぶッとばーす!! ・・・何ていうか、このビミョーなズレ加減がたまりませんでした。こういう楽しみ方って下品だわ~と自分でも思うんですけど。でも、見に来ていた人も、みんな笑ってました・・・。 で、この映画のオチっていうのも、また見事なズレっぷり。(以下、ネタバレ有り) この主人公の宮城譲二は美男子でスマートでカッコイイんですけど、とにかく変わった過去をもった謎めいた男、というキャラクター。後半、恋人の冴子に結婚を申し込みに行く、と約束したものの、結局トンズラしてしまいます。それは一体何故なのか?? ここでついに、宮城の秘密が明かされます。それは・・・・・・刺青(いれずみ)。若気の至りで入れた刺青を今日までひた隠しにして生きてきた、という非・衝撃的な事実が発覚!(と同時に、真夏のリオ・デ・ジャネイロでの「スーツ着込みの謎」も氷解)。 仁侠映画大好きッ子の私からすると、、そんな人生を左右するような背中の彫物(と書いて「がまん」と読む)と言ったら、当然こういうのが出てくると思うわけです。 ↓ ↓ ↓ ![]() キャー待ってましたーー! 健さんホントかっこいいー!!! ところが、その問題の刺青っていうのが、コレ ↓ ↓ ↓ ↓ ![]() ショ、ショボくないですか・・・それ。。 (つーか、このビデオパッケージ思いっきりネタバレしてるし) 昔おじいちゃんの家の庭の池で泳いでいた鯉(コイ)を思い出しました。ちぎった食パンが好きだったなぁ・・・。のどかなり~ そんなわけで、かなりショボいオチで終わってしまったこの作品ですが、でもいいんですよ、面白かったから(ある意味)。でも、時代が違うから面白かったっていうわけでもなくって、公開当時からかなり面白かったみたいですよ。安部譲二の子分たちが見に行って、ゲラゲラ笑いながら帰って来たそうですから(笑)。 出演者についてちょっとまとめておきます。 田宮二郎は、いわずと知れた熱血シリアス二枚目俳優。『白い巨塔』(TV版・映画版)が有名です。私としては、大映映画の若尾文子との濃すぎるコンビが、忘れられませんというか大好きです(→『その夜は忘れない』をご覧ください)。1978年、クレー射撃に使うアメリカ製散弾銃で自殺。ベッドの上で、足の指で引き金を引いたのだそうです。『白い巨塔』撮影時のプロデューサーのインタビュー(→こちら)がとても興味深いのですが、どうやら田宮二郎は、山崎豊子(『白い巨塔』の作者)の小説『華麗なる一族』に出てくる、鉄平という人物と同じ死に方をしたんだそうです。田宮は『華麗なる一族』の鉄平役をやりたい、と山崎豊子に直談判していたらしくて、その鉄平というのが、足の指で引き金を引いて猟銃自殺をするというキャラクター。さらに田宮は、「鉄平の死に方は、純粋で男らしく、壮絶ですね。至近距離で猟銃を撃っても顔がつぶれないのは美しい死に方ですね」と言っていたとか・・・。ちなみに、実際の映画では、鉄平役は仲代達矢が演じました。 山田風太郎が書いた田宮二郎についての文章は、こちら。 ![]() ナース山本「・・・(田宮センセ、いつも熱血でステキ~)」 (『白い巨塔』の後に作られたドラマ、『白い影』より)(ナースは、山本陽子) 高毬子(タカ マリコ)は、私は全然知らないのですが、ウルトラマンシリーズなどに出演していたようです。略歴はこちら。TVシリーズ『プレイガール』に出演していたとのことなのですが、ちょっと調べてみたら、この『プレイガール』っていうTVドラマが、ものすっごく面白そうなんですよ!!(1969年4月~1974年9月 製作・東映 放映・テレビ東京)(DVD有り) 国際秘密保険調査員グループ組織「プレイガール」という、ふざけてんだか本気なんだかよくわからない組織の女たちが活躍するドラマで、組織の元締めは、なんと戸川昌子。見どころはセクシィ&アクション、という70年代の空気ムンムン。『チャーリーズエンジェル』みたいな感じだったのかなぁと、ぽわわ~んと妄想をふくらましております。 『プレイガール』に詳しいサイト(こちら)によると、初出演した高毬子は、男の股間をニギリつぶしのワザやら、はたまた男の股間をハイヒールで踏み潰しのワザなどバッチリとキメてくれるそうです。たまんねーな(と、私のなかのオッサンがつぶやいた)。 その他に、田宮二郎の昔のカノジョ役で、イーデス・ハンソンがヘンな日本語(と言っても英語なまりっていうより関西なまり?)で登場していて、ビミョーな笑いを誘っていました。昔は、女優やってたんですねー。西洋人、というだけでスター扱いだった時代の・・・。なかなかの美女ぶりでしたが、田宮二郎よりも顔が大きかったのが印象的。現在と昔の画像を張りつけておきます(右画像は、こちらのサイトからいただきました。『マグマ大使』に出演していた時の画像だそうです)。 ![]() それから、これも田宮二郎の昔のカノジョ役で、インド娘が登場していたのですが、あれってどう見ても真理アンヌだと思うんですけど・・・違うのかなぁ・・・。何の資料やサイトを見ても載っていないんです。「記憶に残るアクトレス」サイト(こちら)によると、「大映の田宮二郎さんの主演作品中、空港の通行人やカジノのシーンでサリーを着ている女性の多くは、真理アンヌさんだそうです」と書いてあったので、間違いないと思いますが。でも通行人とかではなくて、ちゃんとした役なんですけどね(謎)。 真理アンヌは、インド人の父と日本人の母のあいだに生まれたハーフ。妹たちも美人で、二女・プラバー・シェス、三女・久万里由香、と、モデル・女優だったそうです。そういえば何年か前、鈴木清順『殺しの烙印』(1967年)上映会に行った時、鈴木清順監督に花束贈呈する役目として、真理アンヌが登場したのを思い出しました。今でもとても美しかったです。 ![]() それから、小津映画の常連、佐野周二(冴子の父役)、中村伸郎(冴子の叔父役)、というシブーイ面々も登場。ちなみに、この映画の主題歌『さよならは云えない』と、挿入歌『秘密』を歌っているのは、西田佐知子。この映画の数年後、佐野周二の息子・関口~宏!の奥さんになりました。 そんなわけですが、雑誌『映画秘宝』(2006年6月号)のなかの安部譲二インタビューがかなり面白かったので、それについて少し。 三島由紀夫は、安部譲二が用心棒をしていたゲイバーに通っていたそうですが、安部譲二がボクシング技で客のいざこざを仲裁したのを見て、「僕もボクシングを習いたい」と言いだしたんだそうです。で、学芸大学にあった笹崎ジムっていうのを紹介してあげた。それから3ヶ月ほどは、大人しく通っていたらしいんですが・・・、 ある日、三島さんが青筋立ててやってきて「僕は不愉快です!」って叫ぶんだよ。「僕は小説家です。相手の気配がわかります」って。(中略)「僕は人の考えていることがわかるから小説家なんで、あのジムの人たちは加減をしています! 僕の頭を叩きません!」って。だから「それは僕が言いました。当たり所が悪いとヨダレがたれっぱなしになるし"さしすせそ"も"たちつてと"も言えなくなります。ボクシングで食ってく方じゃないんだから、頭を叩かないように頼んだんです。何が悪いんですか」って言ったら、席を蹴り立てて帰っちゃったよ。 その後、安部譲二は偶然スシ屋で三島と会ったらしいのですが、その時に三島は、「今はボディビルを習ってる」報告してきたそう。それを聞いて、安部譲二はこう言ったそうです。 「そうですか。あれは男が身を守るための術にはなりません。波止場人足がせいぜいです」って言ったら、不機嫌そうな顔をしていたなぁ(笑)。 だって・・・。 三島由紀夫のどこまでもマジメ一徹に対して、安部譲二、おもしろすぎ。 チラッと調べたら、安部譲二、ネットで日記を書いていて(「あんぽんたんな日々」)、チラッと読んでみたら、面白いんですよ。一番笑えたフレーズは、以下。
すごいなー。 「コレ読んだらあの人とかあの人がこう思うかな・・・」とか、もう全然気にしてないですよ。 よく考えると、このくらい堂々と自分の考えを言える人って、少ないですよね。ちょっとした著名人になると、もう「礼儀」とか「常識」という名の「保身」により、歯切れが悪くなっちゃって。思い込みでもカン違いでもいいから、他人の目の色を伺ったり、世の中に流布している一般常識に合わせたりせずに、自分の考えをビシッ!と言う、そういう人ってもっといたらいいのになぁ、といつも思います。でもTVとかは難しいのかな・・・。 ![]() >> 安部譲二について詳しいWikipedia 「ヤクザ時代、青森まで抗争に駆り出され、そこで出会った医師との友情から、 上京するといって聞かない医師の娘を下宿させることになった。 その娘こそ後の矢野顕子である。」だそうです。へぇ~! 2006年 05月 11日
久しぶりの更新です。何だかんだと忙しくて、とうとう1ヶ月も放置してしまいました・・・(にも関らず、覗きに来てくださった方が沢山いらっしゃったのが嬉しいです。ありがとうございます!)。時間がなくて長く書けないなら短く書けばいいじゃないの、と思いなおしました。というわけで今日は、いつもと違う形式で書いてみます。今日、喫茶店でコーヒーを飲んでいたら、ニット帽の若者とスーツの中年男が隣に座り、わりとデカめの声で話し始めました。私は喫茶店で仕事の作業などをするので、隣の人がウルサイのはすごーくイヤなんです。でも他にあいている席もなく、しかたなくガマンしたのですが、どうしても隣の会話が耳に入ってきてしまい、とうとう聞き耳を立てるハメに・・・(←他人のせいにするヤツ)。 ![]() どうやら、スーツ氏がニット帽君に仕事を紹介する、というような話をしているようす。「君なら大丈夫ですよ」とおだてられたニット帽くん、普段あまり大人に誉められるということがないのでしょう、徐々に調子に乗り始め、「タバコは13から吸ってますからね。もう吸わないっていうのがありえないっていうか。ま、ケムリ入れとくか、みたいな」とかペラペラしゃべり始めた挙句、「そういえば○○さん、知り合いに弁護士いないッスか」「いないこともないですが・・・」「いやー俺の友だちのカノジョが知人の保証人になっちゃって、200万の借金かかえてるんッスよ。で、弁護士探してるらしいんスけど」「直接の知り合いにはいないけど、知っていそうな人は知ってますよ」・・・このビミョーな返答の後、会話が途切れました。 と、スーツ氏、おもむろに、「そういえば、○○君って生命保険入ってますか?」「え、まぁ・・・母親の知り合いに紹介されて・・・」「内容とか掛け金のことって知ってます?」「いや・・・全然・・・テキトーっていうか」 というわけで、スーツ氏による生命保険の解説&勧誘がついにスタート。ニット帽くん、前半でペラペラ喋っちゃったし、おだてられちゃったし、弁護士知ってそうな人も知ってるらしいし、っていうんで、後半は押されっぱなしでした。 そうなんですよ。人って、相手との関係のバランスを取ろうとするもの。たまに、自分ばっかりペラペラしゃべって相手が発言しようがしまいがおかまいなし、な人っていますけど、そういうのは例外なわけで。普通は、自分がしゃべったら、相手にもしゃべらせようとするし、自分が誉められたら、相手を誉めようとする。もちろん無意識に、ですけど。相手から何か与えられると、それを負担に感じて、こちらからも何か与えずにはいられなくなる心の動きって、ありますよね。 ![]() そんなわけで、後半はスーツ氏の独壇場となったわけですが、このスーツ氏がまた、勧誘トークの典型みたいな話し方をするんです。丁寧だけど、強引で失礼。形式的には相手の調子や意見に合わせているけど、内容的には自分の言いたいことだけを言っている。そういうトーク。 で。すっごく気になったのが、答えがわかりきっているような事を、わざわざ&いちいち質問すること。思わずノートの端っこに書きとめてしまったのですが・・・、例えば、 「赤の他人と自分の家族だったら、どっちが大切?」 「35歳と45歳だったら、どっちが病気になりやすいと思います?」 「掛け金が、年々上がっていくのと上がっていかないのと、どちらがいいですか?」 「年収300万円だとしたら、40年間働くとして、生涯賃金はいくらだと思います?」 ま、最後の質問の「300万円×40年」っていうのは、ニット帽君は「1200万円・・・?」と答えて、スーツ氏が「ケタが違いますよ」と言ったら、もうそれ以上答えられなかったんですけどね・・・(1000万の次は1億です・・・)。 ![]() とにかく、上記のような、答えがわかりきっているような事をわざわざ質問、っていう小ワザにムカーっとしてしまった私でした(これって、常套法なんですかね。要注意)。にもかかわらずニット帽くん、戸惑いつつ、警戒しつつも、小さな声でコワゴワと素直に答えてるんです・・・ガクリ。若者ならそこでムッとしなきゃ! 「オッサン、人をおちょくってんの?」って、言ってやらなくちゃ! だってあなた、13からタバコ吸ってんでしょう?! ワルぶってたってそれじゃ、単なる落ちこぼれじゃないの~~って、勝手にキメツケてますけど。こういうイイ子なんだけど他人に流されやすいコは、いずれ一度は誰かに騙されるんではないかしら・・・と、ちょっぴり心配に。 でも。そういうものなんですよね。特に若ければ若いほど、他人の言うことに呑み込まれてしまったりして。自信があるようでいて、ホントは自信がなくて。まぁ、こういうのって年齢は関係ないかもしれませんが。でも何だか、昔の自分を思い出して何とも言えない気持ちになってしまいました。まぁ、このスーツ氏もノルマがあってタイヘンなのかもしれませんけど・・・(しかしそんなのに同情して保険に入る必要は全くない)。 とりあえず言いたいことは。 ガンバレ若者! ついでに、ガンバレ自分! (って、私は若者じゃないけどでも「ちゃんとした大人」じゃないだろうから仲間に入れてもらっちゃいましたっていう感じ) ![]() そんなわけで、えーと、ブログ内のバランスをとるために(?) 久しぶりにパリス画像でも貼ることにしました! (興味のない方は飛ばしてください・・・) ![]() ![]() ![]() ![]() @今年のアカデミー賞アフターパーティ ![]() ![]() @ジュリアン・マクドナルドのパーティにて ![]() 右の女:「キャーヤダー!」 パリス:「・・・・・・(何でアタシじゃないのよ?!こんなポロリしてんのに!!)」 ![]() ![]() ●マメ知識 ジュリアン・マクドナルド(Julien Macdonald)は、英国人ファッションデザイナーです。 詳細は、こちらをどうぞ。 2006年 04月 02日
もう4月ですね。知らないうちに、2006年も4分の1を過ぎてしまったわけです・・・。3月は、体調を崩してしまったり、ちょっと忙しかったりしたのですが、実はその合間合間を縫って、歌舞伎座に3回も通っておりました~(一幕見で)。というのも、大好きでたまらない『二人椀久』(ににんわんきゅう)という踊りがかかっていたからです!
歌舞伎に関しては、私なぞ「通」の人からしたら初心者もいいとこなんですけど、でも学生時代から好きでちょこちょこ見に行っております。特に歌舞伎座によく行くのですが、前もってチケットとって「さぁ行くぞ!」っていうよりも、見たい演目だけを「一幕見席」で見る、っていうのが私は多いです。歌舞伎って、通しで見ると、ハッキリ言って拘束時間が長すぎる(平気で5時間以上かかる)ので、スケジュールとの兼ね合いが難しいんですよねぇ。でもその点、「一幕見席」だったら文字通り「一幕」だけを見ればいいので、時間の拘束も少ないし、事前にチケットとらなくてもいいし、値段も700円くらいですむ。「今日は時間があいてるなー」っていう時に歌舞伎座にサッと寄って、気軽に歌舞伎が楽しめるので、オススメです(ご存知の方も多いと思いますが)。1時間くらい前から列ができ始めますが、立ち見でも時間が短いためそれほど苦ではないので、時間ギリギリに行っても大丈夫。ただし、天井に近づきそうなくらい上の階なので、双眼鏡は必須ですよー!(←オペラグラス、と言ってくれ)というわけで。 せっかくなので、歌舞伎座の歴史をちょっと調べてみました。 ●明治22年(1889)、『東京日日新聞』のジャーナリストだった福地桜痴(源一郎)と、既にいくつかの劇場に資金を提供していた金融業者千葉勝五郎の共同経営で設立。このときの建物は、西洋風。 ●明治44年(1901)、建物を檜造りの日本式宮殿風に改築。 ●大正3年(1914)、関西から進出してきた松竹が劇場を経営するようになります。大正期の東京歌舞伎界は、帝国劇場と、市村座と、歌舞伎座、の3つがメジャーな劇場になりました。特に、市村座の人気は凄かったそうです(→「伝説の二長町市村座」)。 ●大正10年(1921)、漏電火事のため、建物喪失。 ●大正12年(1923)、再建中に、関東大震災のため、建物一部喪失。 ●大正14年(1925)、建物再建。設計は、岡田信一郎(→妻は、赤坂の美人芸者・萬龍。彼女についてはこちらでも書きましたのでご覧ください)。 ![]() ●昭和20年(1945)、東京大空襲で、建物一部喪失。 ●昭和26年(1951)、建物再建。現在に至ります。 ![]() ![]() で、『二人椀久』(ににんわんきゅう)なんですが。 もう、この踊りと曲が、好きで好きでたまらないのです・・・! 最初に見たのは、今から12年前(1993年)の正月にNHK-BSでやっていた「坂東玉三郎の世界」というスペシャル番組。その番組の中で、坂東玉三郎と片岡孝夫(現・15代目片岡仁左衛門)による『二人椀久』のフル映像がありまして。そのとき大学1年生だった私、今風(?)に言えば、「うわ~~~~ヤバイ!!!」と思いましたよ! 何ていうんでしょうか、「もの凄いもの」に遭遇してしまった時って、嬉しくてたまらないのと同時に、何か、恐怖のようなものを感じませんか? それは、『日出処の天子』を読んでしまった時ともちょっと似ていたのですが・・・。それ以来、番組を録画したテープ(←3倍モード)を宝物のごとく大事にしてきましたが、最近では「HDに落とす」というオツな方法を採用できることになったため、テープのすり減りを気にすることもなくなり、バカみたいに何度も何度もしつこく見ています。私もヘタクソながら日舞を習っておりまして、いつか踊れるようになったらいいなぁ・・・と、おこがましい夢のまた夢のようなことを考えている次第です。 いわゆる「孝玉(たかたま)コンビ」による、『二人椀久』 ↓ ![]() 『二人椀久』のモデルは、大阪御堂筋の豪商・椀屋久右衛門(わんやきゅうえもん)と、大阪新町の遊郭の花魁(高級遊女)・松山太夫(まつやまだゆう)。江戸時代初期(1670年代)、セレブ町人の椀久は、高級遊女の松山太夫入れ込み、放蕩の限りをつくします。何でも、豆まきの豆の代わりに一分金をまいたりしちゃったそうで、そりゃ一族の者も黙っているわけにいかないでしょう、というわけで結局、椀久は座敷牢に押し込まれてしまうのでした。その結果、「キ印」と化してしまった椀久は、ついに町をふらふらと徘徊するアブナイ人に・・・。そんな哀れな姿が評判(?)となり、歌や文楽にとりあげられ、「椀久もの」というジャンルができたんだそうです。 『二人椀久』が演じられるようになったのは、享保19年(1734)。市村竹之丞と瀬川菊之丞によって演じられました。享保と言えば、享保の改革の時代です。「暴れん坊将軍」ことマツケン・・・じゃなくて、8代将軍・徳川吉宗が、質素倹約を標榜して幕府財政を立て直した時代ですね。ちなみに、町奉行「大岡越前」が活躍した時代でもあります。 それから40年後の安永3年(1774)、『其面影二人椀久』(そのおもかげににんわんきゅう)が上演されました。作曲(長唄)錦屋金蔵。作詞不明。振付不明。椀久は9代目・市川羽左衛門。松山太夫は瀬川富三郎。これが、現在の『二人椀久』のルーツだそうです。 時代はずっと下って、昭和26年、『二人椀久』が復活します。振付は初代・尾上菊之丞(←尾上流2代目家元)、椀久は尾上菊之丞、松山太夫は吾妻徳穂、という配役で踊ったものが大評判になったのでした (ちなみに吾妻徳穂は、フランス系アメリカ人とのハーフだったと言われる美形役者15代目・市村羽左衛門の娘。後に4代目・中村富十郎と結婚、後に離婚)。その後、吾妻徳穂は、息子の5代目・中村富十郎と『二人椀久』を踊り、それ以降は、富十郎の椀久&4代目・中村雀右衛門の松山太夫の名コンビによって、繰り返し上演されてきました。 『二人椀久』の名コンビ、冨十郎の椀久&雀右衛門の松山太夫。 ↓ ![]() ちなみに、冨十郎は、人間国宝。しかも、69歳で長男をつくり、74歳で次男を作ったっていう、いろんな意味で凄い人です・・・(注:バイアグラは使っていない、とのこと)。ちなみに奥さんは、33歳年下です(新橋演舞場で『鬼平犯科帳』を共演したのがきっかけで結婚した、正恵夫人)。 冨十郎&雀右衛門コンビの『二人椀久』DVDもあります。必見です! ↓ ![]() 『二人椀久』CDもオススメ!!!!!!! ↓ ![]() 『二人椀久』のキモノも注目したいですよね、せっかくですから。 椀屋久兵衛ファッション。(冨十郎) ![]() 帯:白地に黒の横縞 かつら:総髪の糸垂れ 頭巾:投げ頭巾(袋状に四角く縫い、前に厚紙を入れて立てて、あまった布を後ろに垂らす) もしくは、焙烙(ほうろく)頭巾。 羽織り:十徳(じっとく) 杖:ふくべ(瓢箪)のついた杖 上の写真の椀久は、「投げ頭巾」をかぶっていますね。頭巾は、一般に僧・医師・老人がかぶるもので、鉢坊主や世捨て人となった境遇を示すときにも使われます。あと、上の写真には映っていませんが、椀久は最初、シースルー素材の黒くて短い羽織りを着て登場します。これが「十徳」で、やはり僧・医師・儒者・茶道の師匠なんかが着るものでした。 松山太夫ファッション。(雀右衛門) ![]() かつら:元禄勝山、もしくは、元禄兵庫。 上の写真の松山太夫は、鹿の子柄の着物ですね。半襟は赤裏を返して。襦袢は赤。帯は前結びです。江戸時代の初期は、帯は前結びが普通だったそう。後ろ結びが流行し出したのは江戸時代も中頃ですが、それは若い娘のファッションで、結婚して年増といわれる年齢(注:20代で既に年増です!)になると、やっぱり前結びにしたんだとか。 ・・・・と、歌舞伎座と『二人椀久』について書いてきましたが・・・、そもそも、3月に3回も見てきた舞台はどうだったんだー? という意見もあるかと思います(っていうか、自分でそう思いました)。いや、そりゃあステキでしたよ! 椀久は、おなじみ中村冨十郎。松山太夫は、尾上菊之助(尾上菊五郎と藤純子の息子。寺島しのぶの弟。そういえば昔、江角マキコと付き合っていましたよね)。振付は、昭和26年上演の時の尾上菊之丞のもの。でも、私は「通」じゃないので、「あの配役は○○の仁じゃない」(使い方あってるでしょうか?)とか、「○○の演技は○○の時と比べて今ひとつ弱い」とか、そういう舞台評みたいなことは実際、よくわからないんです。たくさんの舞台を見て、比較できるような体験を大量に蓄積しておかないと、何とも言いようがないですから。 でも、こんなに曲が素晴らしくて、振付が素晴らしくて、一流の踊り手に、一流の演奏家、舞台の背景も照明も衣装も素晴らしくて、そして大向こうによる掛け声(「天王寺屋!」「音羽屋!」とか「待ってました!」とか「ご両人!」とか)のタイミングもベスト!! そんな空間にいたら、それだけでもう天国にいる心地がするものではないでしょうか? 私なんか、その空間にいた時の気持ちをひと言で表すとしたら、「that's paradise...!!」っていう感じでしたよー。もう何も考えなくない、ひたすらこの快楽と幻想に浸っていたい・・・みたいな。ヤク中の人の気持ちってこんな感じなのかも。田代まさしのこと笑えないです(「ミニにタコ」は笑えるけど)。 でも、冨十郎の踊りは、凄い。それだけは、わかりました。言葉では言えないんだけど、凄い。椀久っていう、普通にいたら「バカー!」としか言いようがない愚かな男を演じて、これほどまでに悲哀を漂わせることができるなんて。もちろん、曲も振付も良い、っていうのもあるとは思うけれど(←結構忘れられがち・・・)、とにかく体から漲っている「気」「エネルギー」が半端じゃないんです。さすが74歳で子作りに成功する人は違うっ!と思いました。片岡孝夫のどこまでも美しいハンサム椀久もステキでしたが、こういう「老いていて、かつ美しくもない小太り椀久」っていうのも、リアルに悲哀を感じさせて良かったですし(菊之助が美しいぶん、なおさら・・・)。でも、歌舞伎の良さ・面白さ・有り難さって、誤解を恐れずに言えば、こういう「グロテスク」なところにあるように思うんです。だって、ひたすら綺麗な方がいいんだったら、美男美女が出演する普通の演劇とか映画でいいでしょうし。それに、杉サマの方が綺麗といえば綺麗ですし・・・。 と言いつつも・・・、やっぱり美しい歌舞伎役者も必要よね! (ワガママな大衆ですみません。) ということで、玉三郎の松山太夫です! ↓ ![]() 初代・歌川国貞(自称、2代目・豊国)(ちゃんと数えると、3代目・豊国)による『二人椀久』錦絵(国立劇場所蔵)。 ![]() 初代・国貞は、初代・豊国の門人。文政10年から「香蝶楼」を号するようになりました。上の絵にも、「香蝶楼」の号アリ。天保15年(1844)、豊国を襲名して2代目と自称します。が、正式に数えると3代目らしくて、本によっては3代目・豊国、と記されていることもあります。 最後に、東京新聞の記事「菊之助が松山太夫で初挑戦 歌舞伎座」を、以下に貼りつけておきます(新聞記事って、しばらくすると削除されちゃうので)。 尾上菊之助が、東京・歌舞伎座の三月公演「二人椀久(ににんわんきゅう)」(27日まで)で中村富十郎の椀屋久兵衛相手に、遊女松山太夫を初役で演じている。富十郎と中村雀右衛門が半世紀をかけて踊り込んできた長唄の名曲だけに、菊之助は「胸を借りるつもりで、心に残る作品に仕上げたい」と意気込んでいる。 >> 長唄杵家会サイト内 「長唄聞書48「二人椀久」」 さすが杵屋会のサイト。長唄「二人椀久」のうたい方について詳しいです。 「長唄でいちばん難しい物が椀久、椀久でいちばん難しい所が筒井筒」だそうで! >> 西川矢右衛門さんサイト内 「ちょっと歴史 「二人椀久」」 椀久ものを題材にした浄瑠璃・浮世草子のことなど、詳しいです。 >> 音の会サイト内 「二人椀久」 >> 1993年にNHK-BS「坂東玉三郎の世界」で放映された、 坂東玉三郎と片岡孝夫の『二人椀久』についてのデータ。(自分のためのメモ) 昭和60年(1985) 新橋演舞場にて。 振付: 花柳錦之輔 唄: 芳村伊四郎、芳村伊十蔵、松島藤次郎、杵屋佐之隆、冨士田新蔵 三味線: 杵屋勝国、岡安喜久三郎、芳村伊十一郎、杵屋五三寿郎、杵屋裕光 笛: 望月長次郎 小鼓: 田中伝兵衛、田中欽也、田中伝七 大鼓: 田中長十郎 蔭囃子: 田中伝三 ![]() (美男子も大変なのよねー!) 2006年 03月 09日
ちょっとお知らせです。ここ数日、発熱と食欲不振のため寝込んでおりまして、ブログの更新はしばらく滞りそうです・・・。いろいろ書きたいことあったのですが。。ほとんど何も食べたくない、という状況はかなり久しぶりのことで、とても気持ちが悪いにも係わらず、痩せるかも?!という望みをちょっぴり抱いておりまして。で、さっきドキドキして体重計に乗ったところ、確かに1キロくらいは減っていましたが、それ以上に体脂肪率が2%も増加! ずっと寝ているために筋肉が減ってしまい、そのぶん体重が減っただけ。そして筋肉が減ったぶん、体脂肪率は上昇。全然ダメだよ! こんなの!! 体調回復後のリバウンド(?)が、かなり危ぶまれる次第なのでした。トホホ。 (右上の画像は、憧れの肢体を持つディータ嬢) そんなわけなので、元気とパワーの出る画像をアップしておきたいと思います。元気とパワー・・・といえばドリカム・・・では絶対なくて、やっぱり・・・マッダナ!!(←マドンナ) ![]() マドンナまで「可愛い子ブリッ子」してた時代だったのか・・・。 ![]() (ところで、「おさるのジョージ」、またの名を「ひとまねこざる」が映画化されるんですってね。楽しみです。←って、見に行くのか?) ![]() (サルのぬいぐるみは、なんと、ポーチだったのでした・・・。こういうアニマル・ポーチって、よくドライブインに売ってましたよねー。中にラムネや飴が入ってたりして。) ![]() ついに本性を現すマダナ! そしてこの「わかりやすい不良(ワル)アッピール顔」は、川村かおりへ、そして土屋アンナへ、と脈々と引き継がれていくのでした・・・。 (っていうか、そのサルのポーチの装着場所について、もう一度よく考えてみて欲しいです) おまけ。チュチュつながりで。 ![]() バーレスクの女王、ディータ・ヴォン・ティーズ! マリリン・マンソンの妻でもあるのはご存知のとおりです。 以前にも、バーレスク・ファッションが好き~というようなことを書いたと思いますが(→こちらやこちら)、ディータは本物のバーレスク・クィーンですからねー。ハッキリ言って、好きな顔っていうわけではないのですが(ちょっと下ぶくれで田舎娘っぽいし)、そんなことよりも、バーレスク・ファッション・センスが素晴らしい。なんていうか、妥協が一切感じられないんですよね、写真とか見ても。ものすごい完璧主義者なんじゃないかと思います。一度、本物のパフォーマンスを見てみたいものです。日本でも公演やらないかなーー。
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